第30話 クラッシャー粉砕
「ハル! 弾幕薄いぞ! なにやってんの!?」
「薄いも何も、副砲、パルスレーザーともに射撃を継続中です……文句があるならキャプテン、あなたがマニュアルで撃ってみますか?」
「いや、言ってみたかっただけだ。すまない、ハル」
ダジャレで滑って、若者に真顔で返される中年男。あまりに滑稽な姿に、思わず顔が引きつった。一応、中身は五十代なのだ。
「それと、今のセリフですが『ガン〇ム』という古典アニメにおいて、あるキャラクターが言った言葉だと広く認識されています。ですが、実際には劇中に登場しません」
「そ、それくらい俺だって……」
「ただし、一般放送版の第38話には『左弦砲撃手、弾幕薄いぞ! 何やってる!』というセリフが存在します」
「そ、そうなのか?」
「はい。『左弦砲撃手、弾幕薄いぞ! 何やってる!』です。さあもう一度、どうぞ」
やめて、追い込まないで、傷口に塩を塗られると痛い……
「どうぞって……悪かったハル。もういい、おふざけが過ぎた、すまん」
マジでこいつ、本当にAIかよ。日々コミュニケーションスキルが向上していきやがる……
ん?
そっか、AIとはそういうものだったな。
納得してメインスクリーンに視線を戻す。が、次の瞬間、何かが飛んできて顔面に直撃した。
「イテッ」
目の前に浮かぶ物体をよく見ると、パッケージごと投げつけられたチョコレートだった。
「ちょっとあんたたち、何ふざけてんのよ! 五億に逃げられたらどうするつもり? 逃がしたら十日お預けだからね。わかってんの? レイ」
ハルとのやり取りにブチ切れたサーシャが、ものすごい剣幕で怒鳴り散らす。このひと……金が絡むと本当に怖い。気をつけないと。
十日もお預けされたらたまったものではない、ここが正念場だ。全力で敵を……クラッシャーを叩き潰す。
「サーシャ、戦闘中にレーションで栄養補給を済ませるのは構いません。しかし、物を投げるのは感心しませんね……。バツとして、禁酒三日の刑に処します」
「ちょっ! ハル!」
立ち上がろうとして、シートベルトに身体を引き戻されるサーシャ。
「艦内のルールは厳格に守られてこそ……」
ハルがそこまで言ったところで、凄まじい衝撃が艦を襲った。ムラサメが大きく傾き、警報音が鳴る。
「右舷クラスター弾の斉射です。衝撃に備えてください……ちょっと言うのが遅かったですね。シールド損耗率、四二パーセント。復旧まで三七秒」
「いった。ちょっとハル! 舌を噛んだじゃない!」
「サーシャ、戦闘中の私語は厳禁です。無駄口を叩いていると、衝撃で舌を噛む恐れがあります……。これも少し遅かったですね」
漫画みたいな「キーーーー!」という声が聞こえてきそうだ。サーシャは髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながら、燃えるような視線をこっちに向けてくる。
……え、俺? いや、おれは関係ないだろ。
まあいい。とにかく戦果だ。
「ハル、やったか?」
敵機を映していたモニターのいくつかが爆発の閃光に染まり、白く飛ぶ。光が収まったときには、敵機は影も形もなかった。三機の艦載機、そのうちの一機があらゆるセンサーから消えていた。
「それは禁句です」
「ぐ……」
そうだ、そうだった……
「敵艦載機、一機を巻き込みました。FB1撃破確認。ご安心ください」
すぐさま優しいハルの戦果報告が落ちてくる、思わずホッと胸をなでおろした。
「よし!」
敵の艦載機は残り二機。
最初に先制の一撃でクラッシャー・ツーを撃破、五億ゲット。そこから速度を落とさず突っ込み、副砲を撃ちまくりながらすれ違って離脱。さらに旋回し、もう一度接近して砲撃を浴びせる。
反物質エンジンの圧倒的な推力と、ムラサメの高い防御力を活かした一撃離脱戦法。これにより敵のコルベットをさらに一隻撃破、残りはクラッシャー・ワンと呼ばれるコルベット一隻。
一〇億兄弟の片割れだ。
しかし問題は艦載機だった。
クラッシャー・ワンと艦載機は敵わないとみて逃走を開始、機動性に優れる小型艦なら逃げ切れると思ったのだろう。しかしムラサメは軽巡の船体にド級戦艦の反物質エンジンを搭載した化け物だ。そもそもエンジンの出力が全く違う。
障害物を避けるような細かい機動なら質量の小さな小型艦に分があるが、だだっ広い宇宙空間での最高速勝負なら圧倒的にこちらが有利。
このままでは逃げきれないと判断したのか、途中で三機の艦載機がムラサメに向かってきた。的が小さく、しかも驚くべき機動性を発揮する攻撃機。戦艦や航宙母艦の防御放火をかいくぐって接近し、シールドバスターを叩き込むために開発された機体。それだけに、まとわりつかれると厄介なことこの上ない。
「くそっ! ADM、一番から十六番!」
ADM=アスピス迎撃ミサイルのことだ。
今、ムラサメのVLS(垂直発射装置)に格納されている最新鋭の迎撃ミサイル。
名前の由来は古代ギリシャ語の「盾」を表す言葉。だが、ADMは単なる対宙迎撃用シーカ―ミサイルではない。このミサイルの真価は、艦の戦闘指揮システムと完全にリンクしている点にある。標的を追尾して破壊するだけでなく、艦に備えられた他の火器と連動し、ミサイル同士が共同して対空砲火の網へと標的を追い立てるのだ。
あらゆる兵装が集中するレンジに引きずり込んで、包囲攻撃を加えるためのミサイル。その姿はまるでマタギに率いられ、罠に得物を追い立てる犬。
――通称《猟犬》
敵機は、ミサイルを回避するうちに対空射撃に捕まり、逆に対空砲火を意識すればミサイルの爆圧に巻き込まれる。どちらに転んでも、逃げきれない。
ただし、高性能には代償がある。一発あたりの価格がとにかく高い。だからこそ、今まで使用をためらっていたのだが――
相手は五億、十分に元は取れる。
「了解しました。機動予測計算……インプット。ARESとのリンク確認。CIWS、射撃管制連動……セット。ADM射撃準備完了」
「よし、撃て!」
艦上部のVLSから、十六発のミサイルが次々と打ち上がる。アスピス――最新型の誘導ミサイルが、縦横に機動する敵攻撃機を対空砲火の網へと追い込み始めた。猟犬の名の通り、ミサイルは連携するCIWSとともに敵を追い立て、逃げ道を削っていく。
攻撃機はきりもみ、急制動、急旋回――必死の機動で追跡を振り切ろうとする。単座の小型機が、炎の渦の中を舞う木の葉のように翻弄されていた。
「敵機突っ込みます! サーシャ、衝撃に備えて!」
一機が回避を断念したのか、進路をムラサメにまっすぐ向けると、そのまま突入――次の瞬間、シールドに直撃して爆散した。
「敵機衝突! シールド損耗率一六パーセント。復旧まで十三秒」
艦が軽く揺れる。だが衝撃は、クラスターランチャーの斉射に比べれば可愛いものだった。
続くもう一機も回避を諦めたのか、大きく上昇したのち、パルスレーザーに撃ち抜かれて動力を停止した。
攻撃機には本来、シールドバスターが搭載される。だが、先の戦闘で使い果たしていたか、搭載せず軽量化を図ったかのいずれかだろう。もしあったとしても――どうせCIWSに阻まれていたが。
あれをムラサメクラスの近接防御能力の高い艦にぶつけるなら、数十、数百という数で飽和攻撃を仕掛ける必要がある。数発では、ただの無駄弾でしかない。
「よし、最後はあのクラッシャーだけだな。全力で追うぞ!」
それにしても、最後の攻撃機二機の動きは明らかに別格だった。あの反応速度、判断力。おそらく搭乗員として強化を施された強化人間、しかも熟練のパイロットによる操縦だったのだろう。
艦載機に搭載されていた武装は、小型艦艇用の単装速射砲。威力はそれほどではないが、速射能力が高く駆逐艦以下の軽量艦にとっては十分に脅威となる火力だ。三機いれば、フリゲートや駆逐艦が相手でも十分にやりあえる。
味方のコルベットの砲撃と、攻撃機の機動力と手数を組み合わせれば、護衛を翻弄して一方的に狩ることも出来ただろう。今回相手にしたクラッシャー兄弟は、ただの雑魚とは違う。相当な場数を踏んだ、私掠船の中でも腕利きの連中だった。
しかし今回は……相手が悪すぎた。
「CO3、急速回頭。ミサイル確認! 敵弾二〇! インターセプト」
逃げるコルベットがミサイルをばらまき、ムラサメのパルスレーザーが次々と撃ち落とす。
「敵艦水平方向に一八〇度反転しました。ヘッドオン、砲撃来ます!」
敵艦は滑るようにして回転し、こちらへ正面を向ける。同時に、下部に備えられたレーザー砲、四門が一斉に火を吹いた。
「大丈夫だ。そのまま突っ込め」
いわゆるヘッドオン、正面同士の撃ち合い。だが、ここは宇宙。スラスターで船体を反転させただけで、進行方向は慣性に従う。敵は後退しながら、こちらに正面を向けている状態だ。
振り切れないとみて最後の抵抗を見せるクラッシャー・ワン。しかし、戦艦を超えるムラサメのシールド防御は、コルベット単艦の全力攻撃程度でどうにかなるものではなかった。
「敵弾命中! 連続で来ます。シールド損耗率三二パーセント、復旧まで二九秒!」
敵の最後のあがきを受け止めていたムラサメの、副砲とレールガンが僅かな時間差で火を噴いた。。質量弾がシールドを飽和させ、レーザーが敵の片翼をもぐ。さらに連続して命中し、装甲が剥がれ飛び、数発が船体を貫通。レーザーの一発が前方上部――おそらくブリッジを直撃し、爆光が艦首を包んだ。
「CO3動力停止、シールド喪失。敵を無力化しました。万が一に備えて主砲をCO3に照準」
敵艦はブリッジを吹き飛ばされてコントロールを失い、核融合エンジンが緊急停止したようだ。
「よし、あれを回収するぞ。アンカーワイヤーを打ち込め、けん引して動きを止めろ」
モニターに映るクラッシャーワンを指差すと、隣でサーシャが別のモニターを顎でしゃくった。
「あの攻撃機も持って帰りたいわ」
映っているのは、パルスレーザーに撃ち抜かれながらも、かなり原型が保たれた艦載機。
サーシャはこの船のロードマスター、回収と積み込み、荷下ろしまでを担当する。サルベージャーとして金目の物を見つけ、回収するのは彼女の重要なミッションだ。
「そういやずいぶんと高性能だったな。軍に渡せば、いい金になるかもしれん」
「そういうこと! レイ、覚えておきなさい。この木星には古くから伝わる言葉があるの」
「ん? なんだ?」
「金の切れ目が縁の切れ目。協商連合って名前の通り、金こそが力。稼げる奴が絶対の正義なのよ」
いやいや、それ日本のことわざじゃないか。
だが、言わんとしていることは分かる。この国のことはまだ詳しくないが、名前からして資本主義に全振りしているのだろう。
「ああ、愛想を尽かされないよう頑張るよ。だからしっかり支えてくれ。俺はこんなだから……君がいないと困る」
縋るような目を向け、少し甘えるような声を出してみる……。我ながらあざとい。
「あ、当たり前でしょ! あんた力はあるんだから、自信を持ちなさい。あたしの言うとおりにしてれば間違いないんだからね!」
輸送員席に腰掛けたまま、こちらに顔を向けるサーシャ。強気な口調とは裏腹に、耳まで赤く染め、すぐに視線を逸らした。
――照れた姿がめちゃくちゃ可愛い。案外ちょろいよな、サーシャって。
「ちょっと、あんた。なに、その笑い。……まさかチョロいとか思ったんじゃないでしょうね!」
「い、いや、そんなことは……」
目が座っている、鋭い視線に射抜かれ背中をいやな汗が伝う。
「レイ……後で覚えてなさいよ」
いつもとは違う、低くドスの効いた声。
「キャプテン、サーシャ。いちゃつくのはそのくらいにして、回収を急いでください。任務中におふざけが過ぎるようでしたら……」
ハルの冷ややかな声がブリッジに落ちた。
艦内の快適な生活は、そのほとんどをこのAIが管理している。怒らせると――なぜか空調システムが故障して艦内が氷点下になったり、入浴中のお湯が突然冷水に変わったりと、不思議なトラブルが立て続けに起きるのだ。
「わかった、悪かったハル。すぐやる」
「え、ええ……ごめんなさいね、ハル」
サーシャは顔を引きつらせて表情を引き締めると、シートに深く腰を戻して手元のパネルに指を走らせた。
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