第3話 巡洋戦艦ムラサメ
スペースオペラっぽく書いていますが、あくまでご都合主義の三流娯楽作品です。
ドックに係留された全長四八〇メートルの巨大宇宙船。
ブラックメタル装甲に覆われた艶なしグレーの金属の塊。正面と側面の追加装甲の部分は黒のラインとなっており、重厚なツートンカラーを作り上げていた。船体の側面前部、左右二か所に純白の塗料で書かれたMURASAMEの文字。
全長は、一度だけ見に行った事があるアメリカ海軍の原子力空母、あれより一◯◯メートル以上長い。
口止めの対価として支給される宇宙船を見上げ、その威容に圧倒される。
型番は【CB-019-MURASAME】
武装商船と聞いていたこの船……いや、艦は純然たる軍艦だ、見ればわかる。
案内のパネルに表示される立体図を見ると、胴体下部に巨大なカーゴスペースが用意されている。しかし、一般的な貨物船と比べれば、全体の容積に対する割合が圧倒的に少ない。
解説のAIによると、型番の頭に付くアルファベット“C”はクルーザー、つまり巡洋艦を意味するらしい。次の“B”はバトルシップ、戦艦だ。つまりこの艦は「巡洋戦艦」に分類される。装甲を犠牲にする代わりに、戦艦並みの打撃力と高い機動性を兼ね備えた船。極めて攻撃的な軍艦であることを示していた。
目の前のこの光景は、ゲームや映画の中じゃない。空想でも、夢でもない。圧倒的な存在感を放ちながら、現実に今、目の前に巨大宇宙戦艦が鎮座していた。
「すごい……ですね」
宇宙船をもらえると聞いていたけれど、想像していたよりも万倍凄い。
「分類上は巡洋戦艦になっているけどね、軍艦の中では小柄な艦だよ。サイズ的にはライトクルーザー(軽巡洋艦)だな」
そもそも、この目の前に浮かんだホロパネルがもはやSF。様々な情報やムービーが表示され、タッチすると詳細な説明が表示される。操作性はタブレットっぽいが、画面に触れた感触はない。
パネルに表示されている説明によると、軽巡洋艦の船体に弩級戦艦のエネルギーモジュールと、大出力の反物質エンジンを搭載している。そのためか全体的にずんぐりした外観になっており、後ろを見ると後部のスラスターが不釣り合いなほどに大きい。
「武装も凄いぞ」
そう言ってパネルを操作する初老の男。
ズームアップされたのは左右下部に張り出した開口部。そこに戦艦主砲に使われる重レーザ砲が各二門、計四門格納されていた。仰角は上下各二五度、左右射角は一五度の調整が可能とあるが、ムービーを見る限り艦首を向けて正面に撃つというイメージだ。
その他にもターレットが上下三基ずつ各二門、計十二門のクルーザー級レーザー砲。VLS垂直発射装置が上甲板に一二八セル。正面胴体下部に張り付くようにターレット式の大口径レールガン。
ターレットとは、砲塔のことだ。
さらには近接防御用パルスレーザー十二門、近接防御用一二連装クラスター弾発射装置×二基。
どんだけやねん! と、思わず似非関西風の突っ込みを入れたくなるほどの重武装だった。
こんなものを見せられてドキ胸しない男がいたら、それはもう男じゃない。
人生の底辺で燻っていた前の暮らしに比べれば、チート級の肉体、そしてこの宇宙船。これだけのモノを与えられて、期待するなという方が無理な話だ。実際に様々なものを見せられて、少しずつこの現実を実感として受け入れつつあるのが分かる。胸の奥底が、じわりと熱くなっていた。
そんなとき、タラップのエレベーターが、艦の中ほどから降りてきた。
「さて、中に入ってみようか」
「えっ、いいんですか」
「当たり前だろう、君の船なのだから」
エレベーターで艦の中央付近にある開口部へ。
内部は柔らかなベージュで統一され、眩しい照明の明かりを和らげていた。既に動力が稼働しているようで、ところどころに浮かぶパネルには様々な情報が表示されている。
「ここがブリッジ、指令室だ」
通路のベージュとは違ってグレーで統一された室内、促されるままに運用に必要な様々な操作盤の並べられた部屋へと足を踏み入れる。
「シートが七席ありますね」
見回すと、中央後部に艦長用と思しき席。そして三つの席が二列、各席には様々な機器が配置されている。
「ああ、本来この艦を運用するには十名のクルーが必要なのだよ。ただし、君は一人で全てをコントロールできる。もちろん、AIと協力してだけどね」
そう言って初老の男が天井をに視線を向けた。
「初めまして、キャプテン。運用支援AI、FO-3077HAL、通称ハルと呼ばれています。よろしくお願いいたします」
それは、驚くほど優しい女性の声だった。同時に、正面上部のメインモニターに艦内のさまざまな映像が映し出されていく。
「この時代でも戦闘艦に人間が乗っているんですね。大戦の反省から来ているとは言え……」
二一世紀初頭ですら、次世代かその次の世代では完全自立型の無人戦闘機が主力になると言われていたんだ。五〇〇年もたてば、戦争で人間が戦う必要など無くなっていると思っていた。
「確かに。かつては、ほとんどの艦が無人だった。大戦の結果、完全自立型の兵器類は平和憲章で厳しく規制されたわけだが……それよりも、もっと切実な事情があるんだよ」
そう言って、初老の男は眉をしかめる。
「事情、ですか?」
男の語るところによれば――。
地球の二一世紀後半から、戦争の主役は人間から機械へと移り始めた。無人戦闘機や無人車両が実戦投入され、歩兵も全てではないがロボットに置き換えられていった。人の姿は次第に戦場から消え、宇宙世紀に入る頃にはその傾向はますます加速していた。
戦争はAIによる無人戦闘艦、無人機同士の衝突となり、同時にそれらの兵器を制御する自律AIも飛躍的に進化していった。そしてついに、人工知能は意志を持ち、自発的に行動する存在へと変貌を遂げた。
機械生命体の誕生。それは、人類に衝撃をもたらした。
彼らは人間の制御を離れ、独自の意志で行動を開始。戦争の中で発生した膨大な宇宙ゴミ、いわゆるスペースデブリを資源として再利用することで、急速にその数を増やした。
やがて彼らは、人間を襲うようになった。船の残骸から資材を奪い、自らの部品とし、同族を創り出すために。
「その結果、無人機や無人艦は太陽系平和憲章によって禁止され、汎用ロボットや小型兵器にも厳しい規制がかけられた……と、いうわけさ」
「なるほど……そういう経緯があったんですね」
“AIに意志は宿るのか”――前世では何度となく議論されたテーマだが、この時代ではすでに、彼らは“新たな生命”として数えられていた。
なんとも、感慨深い話だ。
「まあ、ずっと一人で旅を続けるのはきついだろう。いずれ誰かを雇ってもいいかもしれんぞ」
何気なく肩に置かれた手。その厚みと重さに、ついそちらへ視線を向けた。
「そうですね。機会があれば、そんな仲間も探してみたいですね」
この場所で共に働くクルーたちの姿を思い描く。悪くない。いや、きっと、楽しい。
だが、宇宙船の中で生活を共にするというのは、単なる“同僚”では済まない。状況次第では数週間、いや数ヶ月も顔を合わせ続けることになる。オンもオフも区別なく、ずっと一緒だ。
だからこそ――仲間選びは慎重にしなければならない。
「よし、この艦はすでに君のものだ。あとはシミュレーションモードで、操艦や戦闘演習を試してみるといい。君の能力なら、ひと月もあれば立派な軍艦乗りになれるさ」
はっはっは、と朗らかに笑いながら、男は背中を思い切り叩いてきた。
「は、はい。頑張ります……!」
いてっ、このおっさん思ったより力強いな……
前の体だったら、間違いなく前につんのめって咳き込み、何かしらのダメージを受けていたはずだ。
改めて、びくともしないこの身体に感謝する。
「なんとお呼びすればよろしいでしょうか、キャプテン」
声の主は、ムラサメの運用支援AI――ハル。
そういえば、まだ名乗っていなかったな。
……名前、名前……なんだったっけ、思い出せない。とりあえず名乗らなきゃいけないけど……
「レイ。アサイ・レイだ」
ムラサメ……あれ? “零”って主人公が登場したアニメは、雪風だったか? まあ、どっちでもいい。前世の記憶はあっても、名前は思い出せないのだから。
とりあえず前世でみたアニメの主人公の名が浮かんだ。それをもじって、もっともらしい名に変えて答える。
「なるほど、JPN式のお名前ですね。レイ、記録しました。改めてよろしくお願いいたします、キャプテン・レイ」
ブリッジに、機械とは思えないほど柔らかく澄んだ女性の声が響き渡る。
「ああ、こちらこそ。よろしく、ハル」
乗艦となったムラサメと、その魂ともいえるAIとの挨拶を終えたところで、初老の男が口を開いた。
「よし。私はひとまずラボに戻るとしよう。君は艦内を見て回るといい。操作や演習については、すべてハルに任せておけば問題いない」
「ありがとうございます」
そう言って、男に頭を下げた。
「では、ハル。まずはこの艦のことを教えてやってくれ」
「了解いたしました」
心地よいAIの声を聞きながら、ゆっくりと真新しいキャプテンシートに腰を下ろす。目の前には、様々な情報画面がホロパネルの中に整然と並び、すべての機器が新品だ。
ここから始まる宇宙での生活。この艦でどこへ行くのか。誰と出会い、何と戦うのか。
そんなことを思いながら、俺はゆっくりとブリッジを見渡した。
応援してもらえると、継続するモチベーションに繋がります。
面白いと思ってもらえたら、よろしくお願いします。




