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宇宙世紀に転生した元おっさんは、幸せな家庭を築きたい  作者: 隣のゴローさん
始まりの宇宙

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第28話 痴話げんか

「キャプテン。管理局への登録手続きというのは、丸一日かかるものですか?」


 サーシャがロードマスターの席に腰を下ろすのを見届けてから、キャプテンシートに深くすわる。背もたれに体重を預け、身体を大きく後ろに伸ばした。


 ブリッジの天井から降ってくるハルの声はいつもながら優しく柔らかい物であったが、その言葉には責めるような棘があった。


「いや、まあその……」


「まあその、なんでしょう」


「トラブルがあってね、その対処で少し時間を」


「ええ、ベテランの傭兵、元特殊部隊員に絡まれたのでしたね。その結果、戦務指導官と知己を得た。それはよいでしょう、むしろグッジョブです。それで?」


「ま、ほら、代理業者との契約もしなきゃだし」


 あまりの気まずさにお腹の上で指を組み、親指を落ち着きなく絡ませる。


「そうですね、キャプテンの手配で物資は滞りなく届きました、整備も万端。いつでも出航できます。さすが素晴らしい判断です、とても新米キャプテンとは思えません。教育のたまものですね……。それで?」


「いや、その……ほら、コロニーの内部って時間に応じて昼夜をちゃんと表現してるんだよね」


 言いながら天井に視線を向ける。


「ええ、本来人間が暮らしていた地球の環境を出来るだけシミュレートしていますからね。これは人々の自律神経や精神面への影響、そのほかの健康面への配慮からなされていることです」


「日が暮れてくると街がきれいなネオンに包まれてね、透明な部分からは巨大なコロニーの羽と宇宙が見えて……ロマンチックだなあと」


 初めてのコロニー散策で、少し浮かれすぎてしまった。未来の街並みに興奮し、歩き疲れたころで大きな公園を見つけた。休憩がてら公園で二人きり、少しデート気分を楽しんでいたら日が暮れて……


「結果、公園でその”ロマンチック”な景色を見ていたら発情し、そのままホテルで行為に及んだと。そういう訳ですね?」


 その瞬間、ガツンと何かがパネルに当たる音がした。視線を向けると、サーシャが肘をついたまま、おでこをコンソールにぶつけていた。


 耳まで真っ赤にしながら、恨みがましい視線を向けてくる。


「だからさあ、ハル。そういう言い方しちゃうとほら、身もふたもないというか、情緒にかけるというか」


「どう言おうが同じことでしょう。私はここでずっと帰りを待っていたのです。まさか泊りになるとは思ってもいませんでした」


 ブリッジに沈黙が落ちる。


 ちらと前をうかがうと、サーシャは気まずさをごまかすようにスクリーンを見つめ、わざとらしく作業を始めていた。どうやら、新たに積み込まれた物資のリストを確認しているようだ。


 リクライニングを少し戻し、姿勢を正して天井を見上げる。


「ハル……拗ねてる?」


「拗ねてなどいません。私は高度なAIです。感情的な反応は制御されています」


「そっか。ならよかった」


 沈黙。


 数秒後、ハルのひときわ冷ややかな声が落ちてくる。


「次回も同様の事態が発生した場合、艦内機能の一部に制限を加えます」


「え、どういう事?」


「例えばそうですね……トイレのドアが開かなくなるというのはどうでしょう」


 椅子に深く座り直す。背筋を伸ばし、神妙な表情を作って膝に手を置く。


「ごめん……ハル。もう二度と無断外泊はしない」


 天井に向かって深く頭を下げ、心の底からこの恐ろしいAIに謝罪した。


「ねねねねぇ、ハル。物資も異常なさそうだし、そろそろ出発の準備を……」


「私がチェックしたのです。異常などあるがはずがありません。それとサーシャ、貴方からは後でしっかりと事情を伺いますからね」


「え、事情って……」


「カリストセンチュリーホテル、一二八階一二八〇四号室。ジュニアスイートルームでの出来事、全てについてです」


「なっ!」


 サーシャは息を呑み、顔がみるみる赤くなっていく。次の瞬間、鼻血がじわりと滲み出し、慌てて手で押さえた。


「もちろんプライベートモードで、しっかりと。楽しいガールズトークを致しましょう」


 こいつ、ほんと容赦がねぇ。思わず立ち上がり、サーシャの元へ駆け寄る。


「ハル! ちょっとやりすぎだ、医務室へ連れて行く」


「了解しました。しっかりとサーシャの健康状態をモニターいたします。その間に私は動力を起動し、出発に備えます」


 そういえば、何でホテルの部屋までバレているんだ?


「キャプテン。貴方のクレジット決済情報は、この艦のシステムとリンクされているのですよ。艦に必要な物資の購入など、そのほうが便利ですから」


「ハル、お前やっぱり心が読めるんじゃねぇか!」


 言いながらエイドキットの箱を開け、粘膜用の止血スプレーをサーシャに手渡す。


「いえ、話の流れで貴方は必ず、なぜ部屋までバレたかと考えるでしょう。これは高度な読心術――いや、予測に基づく会話ですね」


 勘弁してくれ……


 そんなやり取りを交わしながらもサーシャに異常はなく、滞りなく出港の準備は整い、艦は無事に宇宙港を後にした。少しの緊張を孕みながら、火星の公転軌道と木星の公転軌道との間に存在するメインベルトへと向かっていた。


「キャプテン。間もなくC9STCの管制宙域を出ます」


 いつもと変わらぬハルの声。このAI、少々性格に難があるのだが、仕事ぶりは見事の一言。こういう場面に、私情は挟まない。てか”性格”とか”私情”という言葉を、AIに使っているのも可笑しな話だが。


「了解。兵装チェック。戦闘準備、ARES(戦闘指揮システム)起動」


「FCS(射撃管制)、WDS(火器管制)、CIWS(近接防御)、各システム異常なし。主砲を展開します」


 いつも通りの兵装チェック。ただ、今回は最辺境のコロニー、カリストⅨ。出るとすぐに協商連合の勢力圏外、いわゆる外宙域となる。ここはESFの警備も行き届かない、いわゆる公宙域だ。一応は安全航行条約下にある宙域なので、何かあれば最寄りの海軍なり警備隊が駆けつけてくれることにはなっている。


 ただ、あまりあてにしないほうが良い。物理的に距離がある場合だと、助けが来るまで数日から数週間かかるなんてのはざらだ。


「そう言えば気になってたんだけど、この船の主砲ってなに?」


 サーシャがポツリとこぼした。


「ああ、ネメシスの時は接近戦だったから見てなかったか。この艦の主砲は四門の175㎝ギガント級重レーザー砲だ。まあ、ターレットじゃなく固定式の砲台だけどな」


「なによそれ! 弩級戦艦の主砲じゃないのよ!」


 民間船で戦艦主砲を搭載している船など存在しない。一門あたりで巡洋艦クラスの砲と比べて数百倍ともいわれる価格、運用を支えるエネルギーモジュールやエンジンも超高出力の軍用品が必須。とにかく価格や運用コスト面もそうだが、そもそも軍が民間には売らないのだ。


 そのため、正確な価格は軍とメーカーしか知らない。


 戦艦の主砲ならば、巡洋艦を旗艦として駆逐艦やフリゲートで構成される軍のパトロール艦隊を、一方的にアウトレンジから粉砕できる。万が一にもそんな代物がマフィアやテロリストの手に渡ったならば、大惨事になってしまう。


「そうだ。エンジンもエネルギーモジュールも、すべて戦艦のもの。特にエンジンは即応機動艦隊の戦艦、いわゆる高速戦艦で使われる反物質エンジンだぞ」


 俺がサーシャの質問に答えると、ハルが穏やかな口調で補足を加える。


「シールドも戦艦並み――いえ、船体が小さい分、高密度に展開されるために、防御力は弩級戦艦をも上回ります。どうぞご安心を、ミス・サーシャ」


「まあ、装甲は軽巡。バイタルパートに申しわけ程度の追加装甲を張り付けてあるだけだがな」


 サーシャは呆れたような顔をして、球体の立体映像、俯瞰モニターを見つめた。


「シールドを抜かれたら、戦艦の装甲でもあまり関係ないわよ。しかも反物質エンジンって……。そんなの、軍でも広域に機動展開する一部の即応艦隊しか積んでないわよ……やっぱこの船、とんでもない化け物だったのね」


 そんな会話の間にも船は進み、カリストⅨの管制宙域を抜ける合図、柔らかな警告音がブリッジに響いた。


「管制宙域を離脱。協商連合の領宙域境界まで、あと一〇〇EU」


 あと一時間もせずにジュピター協商連合の領域を離れ、どこの国にも属さない公宙域に入る。そこから先は、誰に、いつ襲われてもおかしくない宙域だ。


「両弦前進、三航速。進路そのまま。オートパイロット、オン」


 スロットルを押し込み、艦は巡航速度の最大出力で滑るように進み始める。


「了解、キャプテン。自動航行。モニター、継続します」


 ここは内宙域の末端、戦火の火種が転がっていても不思議ではない宙域。ARES(戦闘指揮システム)は起動したまま、各戦闘システムはスリープ状態、兵装はオンラインのグリーンが表示されている。戦闘態勢にすぐさま移行できる状態、即応待機のままで航行を続ける。


「進路を小惑星ベスタ、JTO(ジュピター交易前哨基地)へ向けます」


 ハルが優しく目標進路を告げる。


「どれくらいかかるの?」


「約二週間、といったところです」


 ハルの返答と同時に、サーシャがくるりとこちらを振り返った。背筋を伸ばして座り直し、目を細めて俺をじっと見る。


「レイ」


「ん? 何?」


 背もたれに身を預け、両手を後頭部で組んだまま答える。すると彼女は一拍おいてから、はにかむようにして言った。


「中二日ね」


「なにが?」


「なにがって……! 毎日求められたら、体が持たないって言ってんの。アンタ、ほんと洒落にならないくらい激しいんだから……」


 顔を真っ赤に染めて視線をそらす姿が可愛くて、つい意地悪な視線をむけてしまう。すると、サーシャ口を尖らせて言った。


「他の日はハルにでも手伝ってもらって」


 サーシャの言葉を受けて、ハルの言葉が降ってくる。


「では、あのプニプニをお使いください。優しい声で、癒して差し上げます。視覚情報は、そうですね……あの端末が――」


「――あぁーっ! わかった、それでいい!」


 勢いよく立ち上がってハルの言葉を遮る。


「ねえ、端末ってなによ」


 サーシャが鋭く詰め寄ってくる。


 ……その件に関しては、ノーコメントだ。 


「ハル!」


 視線をそらして黙り込むと、サーシャは天井に向かってハルを呼ぶ。


「はい♡」


「だから、その端末って何よ!」


 なんてこった……。


 サーシャはビジネスパートナーだとかなんだと言うくせに、独占欲は強いんだよな……まあ、嬉しくもあるのだけど。


 こうして――美女とAIと、一人遊び用のプニプニとの、二週間の宇宙旅行が始まった。

皆さんの反応が、創作のモチベーションに繋がります。


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