第27話 フラグ成立
カリストⅨの中心市街地。総合庁舎ビルの四階、PRA・私掠船管理局出張所のカウンター。そこに、サーシャと並んで座っている。
あのおっかない指導官の鬼軍曹(勝手に俺が名付けた)の部屋からようやく解放されて、今は一般フロアの新規登録窓口に来ていた。
受付を担当しているのは、くせ毛の金髪に青い目をした線の細いアイドル系イケメン。パリッとした制服が妙に似合っていて、いかにも鼻につくタイプだ。
「登録内容を確認しますね。ジーフォース所属、武装貨物船ムラサメ。私掠艦で、クラフトン商会と専属チャーター契約中。メインベルトでのサルベージ及び傭兵、私掠活動……っと」
なぜか船の持ち主である俺には目もくれず、サーシャにばかり視線を向ける受け付けの男。しかも、きらきらと花のエフェクトが見えそうな爽やかスマイルを浮かべながら――ときおり、そのサファイアのような碧眼が、さりげなくサーシャの胸元に向けられる。
てめぇ、誰の女に色目使ってやがるんだコノヤロウ……
「ああ、間違いない」
だからてめぇ、どこ見てんだって……!
「終わったなら行くぞ」
短く言い捨て、立ち上がる。ここで長居してもロクなことがない。まったく、イラつく野郎だ。
「はい、メインベルトでの活動ライセンスが発行されました。船にフォーマットを送りますので、活動報告はデータでの提出をお願いします。」
受付の男がマニュアル通りに返事を寄越す。それを聞いたサーシャも無言で立ち上がり、踵を返した。
だがその背中に向けて、懲りずに受付の男が声をかける。
「ちなみに、僕はまだ採用二カ月の新人で受付業務の担当ですけど……いちおう、連合公務員試験一級のキャリアなんで、高級官僚の卵なのですよ」
まだサーシャの方を向いたまま、爽やかスマイル全開。この期に及んでまだ気を引こうとしてんのか――
と、思ったその時だった。
サーシャがクイッと片眉を上げて、軽く笑った。
「だから何? あんたみたいな軟弱なキラキラ君は、およびじゃないのよ」
男の目が一瞬きょとんとした。
サーシャは続ける。
「どうしてもってんなら、ウチの工場で働いてみる? サルベージ屋のリサイクル工場だけど、男手はいつでも募集中。廃熱ダクト清掃、たぶん気に入るわよ」
受付の男は、乾いた笑みを浮かべたまま固まっていた。
「い、いやその……君みたいな綺麗な人が、こんな危ない仕事を……」
サーシャは無言のまま微笑んでいる。……この女、無言のときが一番怖い。
「なんだ、俺と一緒じゃいけねぇってのか?」
わざとらしく肩をすくめて言ってやる。
「一応、彼女は俺の雇い主で、上司で、しかも――彼氏彼女の間柄なんだけどなぁ」
改めてキャリアのイケメン君に向き直り、ちょっと凄んでみせる。
この人造ボディ、外見もかなりいい。
身長は二メートル近くて、筋肉はムキムキ。筋肉ダルマってほどじゃないが、“白人の総合格闘家”っぽい体型。顔だって、ハルに言われて鏡を見たら、ぶっちゃけ――かなりのイケメン寄りだった。
おまえに負けてる要素? ひとかけらもねぇよ。
「人の彼女を目の前で口説くなんて……キャリアの優秀さをアピールする前に、人間としての常識がどうかなってんじゃないか? なぁ」
少し睨んでやると、受付イケメンは視線を逸らして、もごもご言い訳を始めた。
おまえなぁ。荒くれの傭兵どもが出入りする職場で、そんなナメた態度とってたら……
そのうち、マジで殺されるぞ。
シュンと肩を落としたキャリア(自称)のイケメンは無視して、俺たちはそのままフロアを突っ切りPRAの外へ出た。 目の前のエレベーターに乗り込み、一階へと降りる。
エレベータを降りると同時に、サーシャが腕にしがみつく。足取りも軽やかで、とても嬉しそうにしていた。
「どうした、サーシャ。妙に機嫌がいいな」
その一言に、サーシャはじっとこちらを見つめてから、小さく微笑む。
「あんた、カッコいいね」
思わず苦笑いを浮かべる。真っすぐ目を見つめて言われると、ぶっちゃけ照れる。
「なんだ、いきなり」
「なんでもない」
そう言って、サーシャはしがみつく力を少し強めた。
「さて……何を食べようか、サーシャ」
「かつ丼屋さんがあるよ。さっき取調室で言ってたじゃない」
俺は視線をそらし、少し照れくさそうに笑った。
「いや、あれは別にかつ丼が食べたいってわけじゃなくてさ」
「じゃあ、なんでかつ丼?」
サーシャは首をかしげて、興味深そうに俺を見つめてくる。
「古いドラマで見たんだ。取り調べ中の警察官が犯人にかつ丼を食べさせるシーンがあってさ」
サーシャは眉をひそめて、首を振った。
「なんで悪いことした犯人が警察にかつ丼奢ってもらうのよ。変なの」
「だな」
そういって顔を見合わせ、笑った。
「で、サーシャは何が食べたい?」
「肉!」
即答だった。
肉好きというのがあまりにサーシャの雰囲気と似合いすぎていて、思わず吹き出してしまう。
「なによ……」と睨むその顔も可愛いくて、そのまま焼き肉屋へ足を向ける。
入ったのは食べ放題でも高級店でもない、そこそこの焼き肉屋。さすがに天然肉なんて出てこないが——というか、培養肉でも充分うまい。いや、むしろ、この時代に来る前に食べていた天然肉よりも、こっちのほうが断然美味しく感じるくらいだ。
その事を思わず口にしかけて、慌てて飲み込んむ。
この体と魂のことは、さすがにまだ誰にも話すわけにはいかない。たとえ、サーシャが相手でも。
「おいしい! ここの肉、大当たりよ!」
サーシャが嬉しそうに頬を緩める。その笑顔を見ているだけで、こっちまで幸せになってくる。
「だな。マジでうまい」
かつての自分なら、こんな外食は年に一度か二度しかできなかった。けれど、今は違う。
この程度の出費なんて痛くもかゆくもないし、何より——
目の前には、誰が見ても振り返るレベルの美女がいて、その彼女が恋人だ。これで贅沢と思わないほうがどうかしてる。
こうして遅めのランチをゆっくり堪能したあと、俺たちは再びPRAのオフィスに戻った。この広いフロアには私掠船管理局だけでなく、宇宙船で活動するための各種業者がオフィスを構えている。
足を運んだのは、宇宙船運航には欠かせない宇宙船舶代理業者(Space Vessel Agency)略称SVAだ。
宇宙港に入ったからといって、誰かが勝手に船を整備してくれるわけじゃない。荷の積み下ろしも、燃料補給も、弾薬の補充も、全部こちらから手配しなければならないのだ。
食料品や日用品なら「シップ・サプライヤー」と呼ばれる納入業者へ。多くは貿易会社や運送会社の一部門だ。整備業者にしても、船のタイプや運用内容に応じて得意分野が分かれている。ムラサメのような軍用艦なら、軍の委託を受けている軍の関連会社に頼むのが妥当だ。
そうした個別業者との契約や調整を、まるごと代理業として請け負ってくれるのがSVA。必要な物資や業者の選定、契約、段取りまでワンストップで進めてくれる便利屋みたいな存在だ。
もちろんSVAにも会社によって得手不得手がある。何でも丸投げすればいいってものでもない。だが、ここカリストⅨのPRAには、メインベルトで活動する私掠船や傭兵船を相手にしているSVAが多数、サテライトオフィスを構えていた。こうした戦闘艦の扱いに慣れた業者が揃っているのは非常にありがたかった。
「では、こちらの内容で契約を締結しました。ありがとうございます、キャプテン・レイ、ミス・サーシャ」
右手が差し出されると、それに応じて立ち上がる。そしてしっかりと握手を交わした。
担当としてついてくれたのは、山富士貿易のミカエル・ナカノシマという中年男。挨拶を交わしたときに、そのファミリーネームに思わず目が留まった。日本系らしい響きになぜかほっとする――そして会社名も日本語。それだけで少し懐かしさを覚えた。
ただし、この会社、実は情報局の第四室御用達だったりもする。まあ、一番面倒がなく、無難な選択をしたわけだ。
「メインベルトで傭兵稼業とサルベージ業の二足の草鞋をやるんだけど、他にやってる船はないんですかね」
ひとまず席に腰を戻し、背もたれに体を預ける。まずは情報収集だ、少し話をしておこう。
「一社で両方を、というのは聞いたことがありませんね」
ナカノシマは腕を組んで首をひねる。
「大手のサルベージ業者が傭兵を護衛に雇って……というのは、稀にあるようですが。ただ、それではあまり儲からないようで」
「でしょうね」
サーシャが机に肘をついて、手をひらひらと振った。
「サルベージャーってね、そんなに儲からないのよ。レイの船みたいに一隻で動けるなら別だけど、普通は護衛を何隻もつけることになる。その費用を考えたら……わざわざメインベルトまで来る? って話」
サーシャに続いてナカノシマが補足する。
「略奪目的じゃサルベージャーなんて狙いませんがね。廃品しか積んでませんし、人質の価値も無い。ただ、中には戦う事を目的にしてる輩がいますから。護衛をケチると、まとめて吹き飛ばされる。それにネメシスも厄介ですし」
「なるほど……」
やっぱ、かなりヤバい宙域なんだな。注意していかないと。
「まあ、キャプテンのあの船――ムラサメでしたっけ? あれなら大丈夫でしょう。軍の巡洋艦に喧嘩を売る奴なんて、連邦のクラッシャーかネメシスくらいのものですよ」
「クラッシャー?」
思わず聞き返すと、ナカノシマは「ええ」と頷いた。
「最近、地球連邦から来た私掠艦のようですがね。なんでも、大気圏突入可能なシャトル型コルベット二隻のコンビらしいですよ。クラッシャー兄弟と名乗っているそうです」
「ん? どっかで聞いたような名だな……」
「それぞれに二機の攻撃機を搭載していて、対障壁撹乱弾を使うそうで……最近はウチ――ジュピター協商連合の船がかなり食われてるって話です」
「機動性の高い攻撃機で接近し、シールドバスターを叩き込んで、コルベット二隻の火力で仕留める。なるほど、理に適ってるな」
航宙母艦は、まさにそのために存在する艦だ。大量の攻撃機による〈シールドバスター〉の飽和攻撃で防御シールドに穴を開け、戦艦砲の直撃を可能にする。
サーシャが口を尖らせて言った。
「シールドバスターって、あれでしょ? シールドに電磁波とか磁力とか衝撃波とか、ありとあらゆるノイズを叩き込んで飽和させるやつ」
ムラサメのVLSにも積めるが、今は重レーザーがあるから見送っている。船団戦で味方と連携するなら、いずれ検討してもいいかもしれない。どのみち、ミサイルは至近まで接近しなければ命中しない。しかも艦載発射型なら、CIWSを突破できる数を撃ち込む必要がある。
「まあ、面倒な相手のようだ。注意しておこう」
「レイさんなら返り討ちにしそうですがね」
ナカノシマは笑顔を向けながら、肩をすくめた。
「あ、そうそう……クラッシャーには相当な賞金が懸かってますよ。ええと……一隻につき五億クレジットですね」
「ちょ! レイ! やるわよ!」
ナカノシマの言葉に、突如サーシャが身を乗り出す。胸元で拳を握りしめると、肘がぎゅっと締まり、胸が寄ってとんでもない谷間が出来ていた。
「いやいや、簡単に言ってくれるなよ。いつからバウンティハンターになったんだ、俺たち」
苦笑しながら椅子をわずかに引いて距離を取る。近すぎる。危険だ。
……って、これ、絶対フラグじゃないか?
「では早速、出港の準備を万端にさせて頂きましょう」
ナカノシマが穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ、よろしく頼む。AIのハルと細部は調整してくれ」
そう言い残し、軽く頭を下ると、サーシャと共に部屋を後にした。出口に向かって歩き出すと、背後で自動ドアが静かに閉まる。
嫌な予感は、ただの予感で終わってほしい――心の底からそう願いつつ、商業地区へ足を向けた。目的は、生活に必要な私物の購入。ジュピトルⅢを出て以来、まともに買い物をしていなかった。
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