第24話 カリストⅨ
太陽の光を左に見ながら、巨大な木星を右手に望む。この角度からだと木星を囲むように取り巻く輪が薄っすらと見えて、とても幻想的だった。
「キャプテン。間もなくカリストⅨの管制宙域に入ります」
ブリッジの照明を暗くして天体の美しさを堪能しているところへ、ハルの柔らかな声が降ってきた。
「木星って不気味な色してるけど、こうやって見ると宝石みたいで綺麗よねえ」
前回の航行時には操舵席に座っていたサーシャだが、今回からサルベージ作業の責任者としてロードマスターが座る輸送員席を定位置としていた。今後、回収作業と物資の積み下ろしは彼女の担当となる。
薄暗いブリッジの中で、長い髪と丸みを帯びた少し太めのボディラインがシルエットになって浮かび上がる。やっぱ、サーシャは影になってもきれいだ。
「キャプテン」
そんな彼女に見惚れていると、ハルの冷めた声が落ちて来た。
はいはい……軽くため息をつきながら、通信パネルに手を伸ばす。
「C9STC。こちらジーフォース所属、武装貨物船ムラサメ。識別番号Z4S-SA-0011。宇宙港への入港許可を求む」
『ムラサメ。こちらC9STC。識別確認、傭兵か……。入港を許可する、G487B中型船格納ドックへ。ガイドを送信する、速度に気を付けてくれ」
「こちらムラサメ、了解した。ありがとう」
優しい電子音によるアラームが三度鳴った。カリストⅨの管制宙域へ侵入した合図だ。
操舵用主観モニターに、入港ルートを示す青いラインが浮かび上がる。
「航法システム――リンク。自動航行、モニターします」
ハルが操作を切り替えると、船体はわずかに傾きながら、滑るように軌道に乗った。
遥か先で点のように光っていたスペースコロニーが、みるみるうちに近づいてくる。その姿が徐々に形を成し、やがて巨大な構造体として全貌を現した。
円筒形をしたシリンダー型スペースコロニー。全長は二〇キロメートルを超え、直径は約一◯キロメートル。ゆっくりと回転しながら重力を生み出し、約二〇〇万の人々が暮らしている。ジュピトルⅢよりは小ぶりだが、それでも宇宙空間に浮かぶ人工天体としては圧倒的な規模だ。
コロニーの外壁からは、太陽光を集約するための四枚の巨大なパネルが展開されていた。まるで花弁のように広がったそれは、太陽光のエネルギーを確保するだけでなく、集めた光を内部へと導いている。
金属の複雑な構造がきらきらと輝き、無数の灯りと反射が織りなす光景は、まるで宇宙に浮かぶ宝石箱のようだった。
「何度見てもロマンチックよねぇ」
席を立ち、窓によりかかってコロニーを見つめるサーシャ。ムラサメはその中心にある宇宙港へ向けて、吸い込まれるように進んでいく。
港の入口に近い港湾宙域には、さまざまな船が行き交っていた。その多くが武装を施し、複数隻で隊を組んで航行している。船体デザインは総じて無骨で、実用一点張り。旅客船や観光船、個人所有のシャトルなどはほとんど見当たらず、他のコロニーとは明らかに趣を異にしていた。
まるで、紛争が日常の一部になった辺境の街を、そのまま宇宙に持ち込んだかのようだ。
照明がまばらに点滅する貨物艇、外装を修理しないまま航行する鉱石運搬船、船腹に臨時で武装を取り付けた輸送艦――。ドックの周囲には、空間に浮かぶコンテナや解体中の船殻が漂い、そこを小型艇が縫うように行き来している。
見えているのは、かつて見たどの街や港とも違う景色。けれど――漂う空気は、争いがすぐそばにある場所だけが持つ、ギラついた熱を帯びていた。
「シールド解除。タグボート、接舷します」
ハルの声を聞き、接舷作業のモニターに視線を向ける。前後から寄ってきた二隻の小型タグボートが、ムラサメの姿勢を細かく修正しながらコロニーの船台へと導く。わずかな推進噴射と姿勢制御の連続で、船体はゆっくりと正しい位置に収まっていく。
――SF映画ならトラクタービームで牽引され、宇宙船を一気に引き寄せるんだろう。だが残念ながら、この未来にそんな便利技術はなかった。
「ムラサメ、ランディング完了。船台ロック確認。タグボート、離脱します」
軽い振動とともに船体が固定される。外部カメラと計器でロックを確認すると、ドックの隔壁が静かに閉じ始めた。
『隔壁閉鎖、与圧を開始します。一番右側のランプがグリーンになるまで、そのままお待ちください』
港湾ナビゲーションシステムの無機質な声が、艦内スピーカーに響いた。
三列ならぶ赤、黄、緑のランプ。左と中央のランプは既にグリーン、一番右が黄色表示になっていた。空気が注入され、与圧が完了するとグリーンに変わる。
「ハル。この船に携帯武器は搭載されてるの?」
サーシャが天井に視線を向け、何気なく問いかける。
「はい。拳銃、自動小銃、対物狙撃ライフル、軽機関銃、それと携行型の対地・対空兼用シーカーミサイル、ナイフと小銃用バイヨネットが備えられています」
「おお……」
小さく声を漏らし、少し驚いたような表情を見せた。
「じゃあ、私は拳銃と――対物ライフルね」
「おいちょっと待て、サーシャ。お前、ライセンスあるのか? 拳銃はまあいいとして、対物ライフルはB級以上の所持免許が必要だぞ」
「何言ってんの、当たり前でしょ?」
彼女はどや顔でホロパネルを展開して見せる。そこにはしっかりと『B級武器等所持免許』の文字。
「宇宙船乗り。特にサルベージとか貨物系やってる人なら、B級くらい普通よ。さすがにA級は難しいけどね。あれは一部の傭兵くらいでしょ……あなた、A級持ってるなら軽機よろしく」
いや、なんでコロニー行くのに軽機関銃やら対物ライフルが必要なんだよ。意味わかんねぇ……
「小銃じゃダメなのか?」
「大は小を兼ねるって言うでしょ? 軽機持ってりゃ誰が見ても『あ、こいつA級か……やべぇやつだ』ってなるから、抑止力として優秀なのよ。あんたガタイもいいしね」
なるほど。使うかどうかはさておき、“持っている”という事実が抑止になる、ってわけか。
「……わかった。サーシャがそう言うなら、そうしよう」
「そうそう、黙って私の言うとおりにしてればいいのよ」
そう言って、ぱあっと花が咲くような笑顔を見せた。
「じゃあハル、行ってくる。船を頼む」
「了解しました、お気をつけて」
「じゃあね、ハル」
拳銃のホルスターを腰に、軽機関銃を専用のハーネスで肩からたすき掛けに固定して船を後にする。サーシャは軽機関銃が大口径の対物ライフルに変わっただけだ。
サーシャと共に船を降り、ドックを抜けて宇宙港ロビーへ。移動は専用のレールを走るカートのような乗り物を使った。
ロビーは凄い人だかりで、たしかにサーシャが言ったように物騒な武器を所持した連中ばかりだった。これが全部傭兵ということはないだろうから、やはり輸送船のクルーも武器を携帯しているのだろう。
ロビーからはエアライナーと呼ばれる乗り物に乗って、街の中心部を目指す。ジュピトルⅢで窓から見た、ビルの谷間を縫うように飛ぶあの乗り物だ。
「ちょっと、レイ。無駄にキョロキョロするんじゃないわよ」
「ご、ごめん」
「街の雰囲気や景色はそれぞれだけど、コロニーの造りなんてだいたい同じでしょ。そんなに珍しい物でもないでしょうに」
……いや、こうしてコロニーの中を移動するのは、実はこれが初めてなんだけど。さすがにそれは言えない。
「でもまあ、このコロニーの空気はちょっと独特よね。あんたが一緒じゃなかったら、絶対に近寄ってないわ。見てよ、周り。男ばっかり」
確かに。女性がまったくいないわけじゃないが、みんな壁際に寄り、仲間らしい男が前に立って盾になっている。ここに単独で女性を放り込んだら、痴漢どころじゃ済まなさそうだ。しかも、ほぼ全員が何らかの武器を持っている。かなりヤバい。
エアライナーは二か所の停留所に寄りながら進み、二〇分ほどで目的地に着いた。ここはコロニー都市の中心部。行政庁舎や公共施設が立ち並び、その外縁には飲食街やショップがひしめき合う繁華街が広がっている。
「えっと、PRAは……」
コロニーの情報リンクに生体端末を接続し、マップガイドとナビゲーションを起動。網膜の視界に、うっすらと後ろの景色が透けて見える周辺マップが左上に表示され、視界に見えている景色に目的地へ続くラインが描かれる。線を視線で追っていくと、一〇〇メートルほど先にある超高層ビルを指していた。
「あのビルだ、サーシャ」
指さした方向をサーシャも見上げ、小さく頷く。
「総合庁舎ビルね」
私掠船管理局は政府の出先機関だから、庁舎ビルで当然か。
「どうする? 食事を済ませてから行く?」
「いやよ、そんなの。先に役所の用事を片付けて、食事はゆっくり楽しみましょ」
「分かった。じゃあ、行こうか」
「ええ」
サーシャが後ろ手を組んでぴょんと一歩跳ねる。そのまま身体を軽くひねり、風を孕んだ長い髪をふわりと靡かせて振り返る。伸ばした右手で左腕を掴み取り、抱き込むようにぎゅっとしがみついてきた。
頬を肩に押しつけて、そのままもたれかかるように歩き出す。
微かに漂う香水の香り――いつもの香水、サーシャの匂いだ。
見知らぬコロニー、初めての街並み。その隣には、大切な彼女がいる。
心の奥から、温かいものが込み上げてくる。
――この世界に来ることが出来て、本当によかった。
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