第2話 禁忌に触れた存在
スペースオペラっぽく書いていますが、あくまでご都合主義の三流娯楽作品です。
目が覚めた。
身体に繋がれていたチューブはすでに外されている。寝かされているのはベッドのようだ。
病院で見かけるリクライニング式のものに似ていて、上半身が少し起こされている。頭上には空中に浮かび上がるようにホロパネルがあり、心拍や体温などが数値とグラフで示されていた。
恐らくバイタルモニターだろう。
部屋全体は真っ白で、壁も床も天井もすべて継ぎ目のない滑らかな面で構成されている。未来的で、どこか無機質な印象を受けた。
ゆっくりと首を傾けると、壁一面の巨大なガラス……いや、枠もサッシもない透明な“壁”が広がっていた。その先に見えるのは、見慣れない都市の景色だ。
ここは高層階なのだろうか、眼の前を不思議な乗り物が飛行している。ローターも翼もない、巨大ドローンのような機体。音もなく、ビルの間を滑るように飛び去った。あれはきっと、多くの人を運ぶための公共交通なのだろう。
近未来、まるでSF映画で描かれるような光景だ。
「目が覚めたかね」
声がした方へ視線を向けると、最初に目覚めたときに言葉を交わした初老の男がいた。ゆっくりとこちらへ歩いてくる。その隣には、年の頃は四十前後か――豊かなウェーブのかかったブルネットのロングヘアに、目を引くほどの豊満な胸元。艶っぽい年増の美人。
二人とも白衣をまとっている。医者か、それとも研究者だろうか。
責任者らしき初老の男が、先に口を開いた。
「事情があってね、我々は名乗ることができない。申し訳ないね」
柔らかく微笑みながら、静かな口調でそう言った。
「事情……ですか」
思わず問い返すと、男は穏やかにうなずき、椅子を引いて腰を下ろす。隣の女も、黙ってそれに倣った。
「色々と戸惑っているようだが……まずは君のことについて話をしよう」
視線をまっすぐこちらに向けて、男は静かに続ける。
「君の正式名称は"五◯試甲種強化兵三型"。戦闘用に設計された、人造人間の試作体だ」
……は?
何を言っているのか一瞬わからなかった。思わず間抜けな声が漏れる。
「二万体製造された人工生命、人造兵士のうちの一体。それが君だ」
男は優しく言葉を選びながら、ゆっくりと語る。
「ただ、他の個体は全て植物状態。生命維持装置がなければ、肉体の維持すらできない。自我を持ち、こうして目覚めたのは……唯一、君だけだ」
「お、俺が……人工生命体……?」
「信じられないかもしれないが、間違いなく君の体は我々が設計して作ったものだ」
理解が追いつかない。人が人を作るだと?
「まずはその体について話そうか」
初老の男は諭すような口調で、静かに説明を始めた。
この肉体は、外見や内臓といった構造こそ人間とほぼ同じ。だが、バイオ工学と遺伝子技術の粋を集めて作られたもので、あらゆる能力が強化されている。
例えば細胞の強化による耐久性の向上、自動生成される有機ナノマシンによる再生機能。免疫力、回復力、筋力、スタミナ、神経伝達能力――すべてが通常の人間を”圧倒的”に上回る。
特に反応速度は〇.〇〇三秒。猫の五倍。人間の七十倍以上の速さだと力説していた。
脳にはストレージの役割をする有機チップと、補助脳という有機演算装置が埋め込まれ、完全記憶と八セルの並列思考が可能らしい。すでに多言語能力、宇宙軍士官学校レベルの知識、各種専門技能がインストール済みだという。
ようするに、とんでもないチート能力を付与されているわけだ。
昨日の夜はいつも通りに眠りについて、翌日には普段と変わらぬ朝を迎えるはずだった。なのに目が覚めた瞬間、すべてが違っていた。こんなことが現実に起こるのか? 正直、理解がまったく追いついていない。
しかし、視界は妙にくっきりしていて、音も、匂いも、肌に触れる空気の温度さえも――すべてがやけにリアルだ。
夢なんかじゃない、これは明らかに現実。五感がそう理解した。
まるで、ライトノベルの中に放り込まれたみたいな……そんな、馬鹿げた状況。
転移? 転生? そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。もし本当にそんな現象に巻き込まれたのだとしたら……。
この二人になら、きっと何を言ってもバカにされることはない気がする。いや、むしろ、ここで言うべきだろう。別人の記憶があると言う事を。
「一つ、聞いてもらえますか」
視線を落として指を組みながら、ひと呼吸おく。
初老の男が興味深そうにこちらを見つめ、年増の美人が子供を見守るように目元を緩めた。
「俺には以前の記憶があります。今の身体になる前の、あっち側の記憶が……はっきりと残っているんです」
その瞬間、二人の顔色が変わった。特にあの年増の女研究者は、好奇に満ちた目をして身を乗り出している。
ち、近い。そんなに寄られたら胸の谷間が――って、いやいや、今はそういう話じゃない。
「たぶん、魂が……この時代に転移した。あるいは、この肉体に転生したんじゃないかと」
俺の言葉がきっかけだった。
それまで落ち着いていた会話が、一気に別の方向へ転がっていく。“魂の移動”という未知の概念に、科学者の理性は吹き飛び、代わりに好奇心が全開になった。会話はたちまち脱線する。あれこれと質問攻めにあい、元の話題に戻るまでに小一時間を費やす。
しかしその結果、この世界は西暦で言えば二五三〇年。つまり、前の記憶から約五〇〇年先の未来であることが判明する。異世界ではなく、いわゆる未来転生。
現在の暦は西暦から宇宙暦へと移行しており、今年は宇宙暦二五一年。西暦から宇宙暦への切り替えは、月軌道上に建設されたコロニーに、一般人の入植が始まった年に行われた。
人類が本格的に宇宙へ進出し始めた年。まさに、宇宙世紀の始まりと言っていいだろう。
「それで、ここはどこなのでしょう」
そう問いかけると、初老の男が視線を導くように手を伸ばし、窓の外を指さす。その先では、街並みがゆっくりと弧を描いて上へと向かっている。巨大な筒の内側に沿って、世界そのものが湾曲しながら先へと続いていた。
この光景はどうみてもアレだ、国民的ロボットアニメ「ガン◯ム」に出てくるスペースコロニーだ。
「ここは、木星軌道上に建造されたスペースコロニー”ジュピトルⅢ”だよ」
初老の男が穏やかに続ける。
「およそ五〇〇万人が暮らしている。ジュピター協商連合に属する最大規模のコロニーのひとつだ」
SFじみた街並みは、どうやら本物だったらしい。
「少し、この太陽系の歴史についても話しておこうかしら」
隣から柔らかな声がふっと空気を変える。白衣をまとった美女がしなやかな指先でホロパネルに触れ、説明を始めた。
「まず、現在の太陽系には、四つの国家が存在するわ」
そう言って彼女が示したのは、宙に浮かぶ立体図だった。簡潔にまとめられたその内訳は以下のとおりだ。
・地球と月を中核とする”地球連邦”
・火星を支配する中央集権国家”マース帝国”
・木星圏の衛星群とコロニーによる”ジュピター協商連合”
・土星圏に広がる封建制国家”ザルチュン王国”
「当然だけど、人類のルーツはどの国も同じ、地球」
次に地球のホロ映像が浮かび上がり、回転を始めた。
「宇宙暦一〇年。地球の全国家が統一され、地球連邦政府が樹立されたの。そして宇宙暦七九年、宇宙移民たちが地球からの独立を宣言。第一次コロニー独立戦争が勃発した」
──宇宙暦〇〇七九年。おいおい、どこかで聞いたことがあるような……
「最初の戦争は、わずか一年で地球連邦の勝利に終わったわ。けれど、それは終わりじゃなく始まりだったの」
ホログラムが切り替わり、画面いっぱいに燃え盛る宇宙コロニーの映像が浮かび上がる。
「この戦争を皮切りに、各地のコロニーが地球連邦に反旗を翻し始めた。以後、約一〇〇年に渡って、太陽系は戦火に包まれることになる」
映像はさらに切り替わり、戦争の狂気が展開されていく。
コロニー同士が衝突し、地球にはそれが質量兵器として落とされる。AIに制御された自律型の無人兵器が都市を蹂躙し、逃げ惑う人々を無慈悲に抹殺する。人間の脳を人工処理することで感情を捨て去った“狂戦士”たちが量産され、あらゆる戦場に投入される。恐怖を知らない彼らは、ただひたすら破壊と殺戮を繰り返した。
「科学は戦争の熱にあおられて、異常な速度で進歩したわ。でも……その果てに見えてきたのは、人類滅亡という“リアル”な未来だった」
スペースコロニーを包囲する宇宙艦隊。一斉砲撃によりコロニーは破壊され、一瞬で数百万の人々が生身のまま宇宙に投げ出された。
劣勢になったコロニー国家から地球に向けて放たれた反物質弾頭ミサイル。反物質弾頭の爆発は、対消滅によって全てを消し去る。そう、破片も残骸も何も残さず無になるのだ。そして、その爆発の威力は、同サイズの弾頭で比較すると水素爆弾の四〇倍。
次々と人類が生み出した狂気は、誰もがその結末を容易に想像できうるほどに凶悪だった。
「絶望的な破滅が現実のものとして眼前に迫った時。すべての人類が、ようやく恐怖したわ」
映像は静かに暗転し、代わりに現在の太陽系の穏やかな星々が浮かび上がる。
「そして戦争は終わり、今に至るというわけ」
やがて、映像に浮かび上がる一枚の条文。同時に、説明が静かに流れる。
大戦の反省から、太陽系四国家は協議の末に「太陽系平和憲章」を締結した。それは、一〇〇年に及んだ戦争の狂気に対し、かろうじて残された人類の良心から生まれたものだった。
この憲章には、非人道的かつ倫理に反する行為を厳しく禁ずる条項がいくつも盛り込まれている。その中に「クローン人間および人造人間の研究・製造の全面禁止」が含まれていた。
つまり――自身の存在そのものが、その条項に真っ向から違反している。
さらに彼女は続ける。なぜ禁忌を犯したのか……話の核心部分だ。
ジュピター協商連合が、人造人間の開発に手を染めた理由。
……それは、恐怖だった。
“次の戦争”が、再び太陽系を覆い尽くす未来を、心の底から恐れていたのだ。
地球連邦――太陽系最大の人口を抱える超国家。木星圏は広大だが居住に適さず、恒常的に養える人口は地球の足元にも及ばない。
先の大戦から得られた教訓により、無人兵器が厳しい規制の対象となった。そのため、次の大戦で万が一にでも地球連邦と戦う事になれば、人口の差はそのまま戦力差になる。だからこそ、彼らは求めた。有事にだけ、爆発的に“兵士”を増やす技術を。
そうして極秘裏に進められた開発計画の末、人造人間の試作体なる存在が生み出されたのだ。
「……なるほど、そういうことでしたか」
この世に作り出された理由はわかった。しかし、同時に一つの大きな問題が明らかになる。
「けどこれ、俺はこの太陽系に存在しちゃいけない存在じゃ無いですか? 明らかな条約違反ですよね」
不安と苛立ちを押し殺しながら、ゆっくりと初老の男に視線を向けた。
「安心したまえ。我々は君を拘束しようとか、処分しようなどとは考えていない。いくつかの条件を了承してもらえるのであれば……君は、ある程度自由に生きて構わない」
言葉に嘘はなさそうだった。少なくとも、現時点では。その事実に胸の奥が少しだけ軽くなる。
「条件……ですか」
「ああ。まずひとつ。これは何よりも大切なことだ」
彼はわずかに身を乗り出し、声を低くした。
「君が“人造人間”であるという事実は――絶対に口外してはならない。わかるね?」
その言葉には威圧が込められていた。その理由は、十分に理解できる。
この事実が表ざたになれば、ジュピター協商連合は確実に国際的な制裁を受ける。最悪の場合、他の三国家が“平和憲章違反”という大義のもとに連合を組み、木星圏に侵攻する口実にすらなりかねない。
「もちろんです。絶対に口外しません」
少し身を起こし、男とまっすぐに視線を合わせた。そして、大きく頷く。
初老の男はその答えにしばし黙ってこちらを見つめていたが、やがて静かに息を吐き、満足げに頷いた。
「……よろしい。では、次だ」
そうして彼は、この世界で生きていくための条件を、落ち着いた口調で提示し始めた。
まず最初の条件は、ジュピター協商連合の国籍を得ること。次に、軍情報部に所属し、その監視下に入る。ただし、常勤ではなく非常勤の嘱託だ。外面上は民間軍事会社(PMC)に所属する傭兵……ということになる。
さらに、人造人間用に専用設計された試作戦闘艦が支給される。無断で処分や譲渡、売却する行為、そして他の船への乗り換えることも禁止された。
他国に亡命や帰化、意図的に行方をくらませるなどの行為をしたら、どんな手を使ってでも探し出して殺す。これはただの脅しではないだろう。
そして最後に、傭兵生活をするのなら情報収集と兵器の実戦テストに協力してほしい、とのことだった。もちろん、報酬は発生する。
ちなみに、この時代では体の一部や全体を改造した、いわゆる強化人間は珍しくない。兵士や警察のほとんどが何らかの強化処置を受けているし、軍の特殊部隊員などはほぼ全身改造済みだそうだ。民間でも特に富裕層の間では肉体の一部や、臓器を換装するのが当たり前になっている。
つまり、強化人間という建前で生きろということだろう。選べる道が他にあるわけでもないし、受けたほうが断然イージーモード。むしろ、この条件はありがたいと言える。
「そのお話、全て承知しました」
拒否する理由がない。今までの話が真実であるならば、拒めば処分される可能性すらあるのだから。
「そう言ってくれると思ったよ」
初老の男は微笑みながら軽くうなずいた。
その横で、年増の美人が一歩前に出た。艶やかな微笑を浮かべながら、背筋を伸ばして豊かな胸元を強調するような姿勢を取って、髪をかき上げた。思わず大きな胸に目が行ってしまう。
「どうやら彼女が気になるようだね……」
男の視線と声音に揶揄を含んでいるのが分かる。反論しようとしたが、言葉が出なかった。恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じる。
男は口元だけで笑うと、視線を横に流して言った。
「ならば、その身体の性能を確かめてみるといい」
一瞬、沈黙が落ちる。
「君、今夜一晩、彼の相手をして差し上げなさい」
美人の女が軽く目を伏せ、ゆるやかに一礼した。
「畏まりました、閣下」
女は静かに身を翻し、すっとベッドの脇に座った。香水の柔らかな香りが漂う。
たまんねえ……
返事もできず、魅入られたように彼女を見つめた。
「熟女好きかよ!」と茶化す声が聞こえてきそうだが、そこは否定しない。
そもそも中身は草臥れた五十男なのだ。こんな美人に誘惑されて、動揺するなという方がどうかしている。
そして、甘い夜が訪れたわけだが――
この肉体の“恐ろしさ”を思い知ることになったのは……俺ではなく、むしろ彼女の方だった。
チートな肉体、最高!
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面白いと思ってもらえたら、よろしくお願いします。




