第14話 初めてのサルベージ
「動力停止、電源ダウン、熱反応なし。敵船、沈黙しました」
モニターに映るネメシス。機械生命体だったものは、その機能を停止して宇宙空間を漂っていた。
「ほんとに大丈夫なのか? 死んだふりじゃないよな」
機械生命体。どんな構造か見当もつかない。動かなくなったからといって、完全に無力になったとは限らないのだ。もし艦内に収容した後に暴れ出せば……このムラサメとてひとたまりもない。
「はい。念のため、確実に処理します。作業ポッド、一番、二番、射出」
救助・回収用の無人作業ポッド。ムラサメには五機、搭載されている。
「いろんな部品が流用されてるけど……外観までそっくりなのね、人間の宇宙船と」
サーシャがぽつりとつぶやいた。
「はい。防御や攻撃、航行能力などの条件を満たすには、自然と似たような形状に落ち着くようです」
ハルが応じる。
確かに、相手は戦闘艦。戦うための船だ。海を速く泳ぐ魚が流線形になるように、球技のボールがどれも丸いように……目的が同じなら、形も似通ってくるということか。
「そういえばサーシャ、今までネメシスを見たことがなかったのか?」
「そりゃそうよ。残骸の一部ならあったけど……内宙域でこんなのが暴れ回るなんて前代未聞よ」
そんな会話を交わしているうちに、作業ポッドがネメシスに取り付いた。少し離れた位置ではOSEの一機がわずかな変化も見逃さぬよう、各種センサーを駆使して監視を続けている。
さらに二機のOSEが、ネメシスを上下から挟み込むような位置へ移動。
「内部スキャン開始します」
ハルの声に合わせ、上下のOSEが速度をそろえて後ろから前方向へと移動した。
「動力完全停止、オルタネーター停止、熱源なし、マザーボードへの通電なし。AIチップを確認…………物理破壊処置を講じます」
近くに待機していた作業ポッドが、ゆっくりとネメシスにとりついた。上部の点検ハッチらしき部分に、二機が向かい合うように磁力で固定される。すると、アームの先端が開き、切断用レーザーが姿を現した。
強烈な光を放ちながらレーザーが照射される。外部装甲を焼き切り、さらに内部構造も貫いて、まっすぐAIチップを狙う。
そしてついに、マザーボードごと――AIの命ともいえる演算装置をレーザーが正確に焼き、貫いた。
「AIチップの破壊を確認。回収作業に移ります」
数十分の作業で、ネメシスは完全に無力化された。ハルが冷静に回収の開始を告げる。
「了解。宙域管理局にネメシス撃破の通報と、戦闘データの送信も頼む」
ネメシスとの遭遇、交戦、そして撃墜の報告は、太陽系国際宇宙法によって義務付けられている。
「キャプテン。宙域管理局よりも、軍の通報チャンネルを通すことを推奨します」
「ん? 軍に直接通報するルートなんて、うちにあったか?」
首をひねる俺に、すぐさま優しい――けれど、やや突き放すような声が返ってきた。
「キャプテン。この船に、何のために軍の暗号機が搭載されていると思っているのですか。さらに言うと、ご自身の肩書……お忘れではありませんよね?」
穏やかながら、釘を刺すようなハルの口調に思わず頭を掻く。
ああ、そうだった。一応、軍情報部の嘱託エージェントになってたんだっけ。
「そうだったな。軍に通報しておいてくれ。戦闘データと一緒にな」
「了解しました」
会話が途切れたところで、サーシャがこちらを振り返る。目を細め、どこか警戒するような視線を向けてきた。
「レイ、あんた……軍の人間なの?」
「いやいや、軍人じゃないよ」
手をひらひらと振って否定しながら、背もたれに体を預けた。
「民間の傭兵が嘱託って形で協力してるだけさ。主に戦闘データの提供とか、兵器類の検証を請け負ってる。もちろん、報酬は出るらしいけど」
サーシャは小さく肩をすくめ、ふっと息を吐いた。
「ああ、そういうことね。ヤバい男に手を出しちゃったのかと思った」
そう言って、表情を緩める。安心したように柔らかい笑みを見せた。
傭兵が兵器の実証データを得るために軍や情報部と手を組むのは、そう珍しいことではないらしい。軍同士の衝突のない平和な時代。戦いに身を置く傭兵と軍が互いに協力関係を築くのは、互いにメリットのある事だ。
「ある意味ヤバいと思うけどね。ほら、さっきまで部屋で……」
「あんた、それ以上ムダ口叩いたら……ハルが止めても、そこまで行ってぶん殴るわよ!」
眉がぴくりと跳ね、目を細めたサーシャが鋭い視線で睨みつけてくる。
「悪い。サーシャ、俺が悪かった」
怒った顔もすんごい美人なのだけど、ここは素直に謝っておかなければあとが怖い。そんなくだらないやり取りを交わしながら、サーシャと共に回収作業の完了を待つ。
なにげなく視線を向けた索敵モニターに、破壊された船の残骸――スペースデブリが表示され、ゆっくりと流れている様子が見えた。
そこでふと、気になったことがある。
「ハル。周囲のデブリは戦闘の影響を受けていないようだな」
先ほどのクラスター弾による爆発はかなり大きかったはずだが、周囲のデブリにはそれほど影響が見られない。
「はい、キャプテン。宇宙には大気がないために、地上のような衝撃波や爆風の伝播が起こりません」
「でも実際、ムラサメは大きく揺れたし、シールドにもダメージがあったぞ?」
「はい。爆発に伴って発生したガスが、衝撃波を伴って超至近距離にいたムラサメを直撃しました。とはいえ、宇宙空間でガスは急速に拡散し、衝撃波を伝える物質は極めて希薄です。結果として、影響はごく限られた範囲にとどまります」
「なるほど。わかりやすいな、ありがとう、ハル」
「どういたしまして」
そのやり取りを聞いていたサーシャが振り向き、呆れたような視線を向けてきた。
「なに、その程度の常識も知らなかったの? よくそれで一級免許なんて取れたわね」
はいはい、いろいろ事情があるんだよ。
小さくため息をついたところで、ハルの声がブリッジに流れた。
「キャプテン。ネメシスの収容が完了しました。用具収め。ポッドを定位置へ固定します」
「了解。もう敵はいないと思うが……このまま戦闘態勢は維持。両舷前進微速。さっさとSMDRを回収してコロニーへ向かう。ハル、操縦を任せる」
「了解しました」
その時、OSEの一つが宇宙空間を漂う遺体を捉えた。気を利かせたのか、カメラがゆっくりとズームインし、艦内モニターにその姿を大写しにする。
「ぶっ!」
あまりの衝撃に、思わず吹き出してしまった。
隣を見ると、サーシャが右手で口元を押さえながら真剣な目でその映像を凝視していた。
「……サーシャ?」
「父じゃないわ。あの服は、ボンズ叔父さん。機関長よ」
映像の中の遺体はすでに眼球を失い、首から上は膨れ上がって腫れ、顔の原型をとどめていない。皮膚には無数の血管が浮き出し、形は人でありながら、その形相は凄惨そのものだった。
「どうする? 遺体も回収するか?」
「……いえ、あんな姿、家族にはとても見せられないわ。あの人も宇宙船乗りなのだから、このまま宇宙に居させてあげて……遺体は、見なかったことにするわ」
「わかった。それでいいならそうしよう」
ずしりと重い沈黙がブリッジに垂れ込める。さすがにここで軽口を叩くわけにはいかない。これでも中身は五十代、空気は読めるほうだ。
「キャプテン。目標地点に到達。コムナーの回収作業を開始します」
「あ、ああ……頼む」
「ポッド、全機射出。カーゴデッキのサイドハッチ、一番、六番、五番、一〇番を開放。周辺の残骸を可能な限り回収します」
ムラサメのカーゴスペースには、船体下部に三か所。そして、船体側面には左右それぞれ五か所ずつ、計一三か所のハッチが備えられている。
今回、ハルが開放したのは前部左右と、後部の左右。計四カ所のサイドハッチだ。これらは、モジュールによって機能が拡張されたとき、外部からのアクセスを確保するためものだ。
まず優先して回収されるのは、SMDRが搭載されているブリッジの一部。最も長い辺で一二メートルほどもある塊で、引きちぎられたような状態で裏側は内部構造がむき出しになっている。
続いて、周囲に漂っていた装甲板や艦橋の他の破片が順次回収されていく。エンジンとパワーモジュールの部分は見る影もなく、レーザー砲の直撃によって大爆発を起こしたと見て間違いない。
「作業完了まで、およそ二時間を予定しております」
周囲には赤い塗装がされた外壁と、比較的大きな残骸が四つほど、ゆっくりと回転しながら漂っていた。
「ハル。そういえば、この世界にはニュース放送みたいなものはあるのか? 今回の件がどう報じられてるのかが気になる」
「了解しました。星間ネットワーク、木星中央ニュースチャンネルを表示します」
返答と同時に、メインディスプレイの下部にホロパネルがふわりと浮かび上がる。
次の瞬間――
「あ、あたし!?」
突然映し出されたのは、サーシャのアップだった。本人が思わず叫び、椅子から身を乗り出した。画面に映るのは、今とは少し雰囲気の違う姿。おそらく、プライベートで撮られた映像だろう。思わず見惚れてしまう。
すぐに画面は切り替わり、消息不明となっている他の乗員の顔写真や名前が順に表示される。その後、場面が転じてスタジオが映し出され、キャスターの落ち着いた声が流れた。
『たった今、入ったニュースです。ガニメデ・カリスト公転軌道間の宙域にて、軍のパトロール艦隊がネメシス三機を撃破したと発表しました。軍は『これにより、宙域の脅威は排除された』とコメントしています』
モニター越しに流れる報道に、思わず目を細めた。
「これって……ハル、俺たちがやったネメシスのことか?」
「はい。間違いなく、我々が撃破したネメシスの件です。軍に貸し一つ、というわけですね」
「一機が三機に増えてるのはまあ良いとして……この程度で“貸し”になると思うか?」
肩をすくめながら言うと、ハルが少し含みのある声で応じてきた。
「おそらく、“あの方たち”の耳にも届いていますから」
「“あの方”って……ラボに居た、あの人か?」
「はい」
それを聞いて、あの初老の男と年増美人の夫婦を思い出し、思わず笑顔が漏れた。
「そうか。それなら悪く扱われることもないだろう。なにせ、一蓮托生だからな」
「そういうことです」
二人の会話を聞いていたサーシャが、きょとんとした顔で首を傾げる。
「ねえ、なにそれ? 一蓮托生って、どういう意味?」
サーシャと目を合わせ、俺は軽く首を振ってごまかした。
「そうだ、忘れてた。ハル、サーシャが生きていることを宙域管理局に連絡してくれ。ついでに、コムナーの消息についても」
「了解しました」
その約十分後。テレビから電子音のチャイムが鳴り響き、画面上部にニュース速報の文字が走った。
続いて表示されたテロップには、こうあった。
≪【速報】消息不明だった女性パイロット、サーシャ・クラフトン氏の生存を確認≫
その瞬間、胸の奥に懐かしさがこみ上げてきた。この時代にも、まだこの音が使われていたのか。
すぐさま画面はスタジオに切り替わり、女性キャスターが満面の笑顔でニュースを読み上げる。
『宙域管理局からの速報です。サルベージ船コムナーと共に消息を絶っていたクラフトン商会所属の女性パイロット、サーシャ・クラフトン氏が、民間警備会社ジーフォース所属の貨物船によって救助され、無事生存が確認されました。クラフトン氏は、同商会の社長ボリス・クラフトン氏の実娘で――』
画面右には在りし日のサルベージ船コムナーの姿。左には、少し前に撮られたらしいサーシャの顔が大写しになった。
「やっぱ、サーシャは美人だよなぁ」
思わず心の声が漏れてしまう。ニュースに夢中になって聞こえなかったのか、返事はなく、サーシャはただ無言で画面を見つめていた。
少しだけ鼻を鳴らして、画面に視線を戻す。
するとニュース画面が切り替わり、今度はクラフトン商会の工場へ。食堂のような広間に集まったスタッフたちが抱き合い、歓喜に沸く様子が映し出された。
ああ、そうか。
この世界には、ちゃんと“社会”があるんだ。人々が生きて、笑って、誰かを思い、支え合いながら日常を生きている。
頭では理解していた。だが、いま初めて、サーシャを通じてこの世界の「住人」になったのだと……そう実感した。
「面白そう!」「期待できる!」
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