表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

月の夜、案山子と語る少女。

 月が、やけに大きかった。


 まんまるで、まるで空に穴があいたように、ぽっかりと浮かんでいた。

 星の数は少なく、空気は冷たく澄んでいた。


 虫の音も、風の音も、今日はやけにおとなしかった。

 畑全体が、何かを“待っている”ように感じた。


 ノラは、今日も来なかった。


 肩の上は空っぽで、風が素通りしていく。

 いつもノラがいる場所が、やけに遠く感じる。


 そのとき――畑の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。


 しゃく、しゃく、と草を分ける音。

 やがて、月明かりに浮かび上がったのは、あの少女だった。


 彼女はひとり、夜の畑に立ち、ぼくの前に座り込んだ。


 「……こんばんは、サエさん」


 そう言って、小さく笑った。


 「夜の畑に来たの、はじめて。ちょっと、こわかった」

 「でも、どうしても……今日は、話したくて」


 彼女の手には、小さな折り紙があった。

 それをそっと、ぼくの足元に置く。


 「ノラちゃん、いないんだね」

 「いつもなら、ここにいて、じっとしてるのに」


 風が吹いた。彼女の髪が揺れた。


 「……今日、おばあちゃんが言ってたの。

  “昔の案山子には、神さまが宿ることがある”って」


 少女はぼくを見上げた。

 その目は、まっすぐで、すこしだけ涙をたたえていた。


 「だからね、今日だけは、“話してもいい気がした”の」


 月が、雲に隠れそうで隠れない。

 夜の光が、やさしく畑を包みこむ。


 「……私、たぶん、もうすぐこの村を出る」

 「お母さんが、“外の村”に行こうって。こっちじゃ、もう……病院も学校もないから」


 それは、静かに訪れた別れの予告だった。


 少女はそれでも、笑った。


 「でも、忘れないよ。サエさんも、ノラちゃんも、

  春に植えたたんぽぽも、今日みたいな風の音も」


 そのとき、ぼくの笠がかすかに揺れた。


 彼女は目を見開き、小さく息をのむ。


 「……いま、動いた?」


 ぼくは何も言わない。けれど、たしかに風が吹いた。

 それは、彼女の言葉に“ありがとう”と返すような、あたたかい風だった。


 少女は立ち上がり、そっと頭を下げた。


 「また、来るね。……たぶん、きっと、最後に」


 そう言って、夜の畑をあとにしていった。


 空には、まだ月が、まっすぐに浮かんでいた。

語りかけること。聞いてもらえるかどうかわからなくても、

想いを託すことで人は“生きた証”を刻めます。


この話は少女にとってのひとつの節目であり、

サエ=案山子にとっても、“心を持つ”という存在の確かさを感じる回です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ