表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

ノラがいなくなった日。

 朝から、風が妙にやわらかかった。

 冷たくはないのに、どこか頼りなく、乾いていた。


 虫たちの声はまだ残っている。

 でも、草の色は少しずつ黄色みを帯び、日陰には落ち葉が混じりはじめていた。


 肩の上が――軽い。


 ノラが、いなかった。


 朝日が射すころには、いつもなら肩の上に飛び乗ってくるはずだった。

 あの、のびをする声も、ふわりと巻きつくしっぽの重さもない。


 「……今日は、遅いのかな」


 言葉にはならない。

 でも、そんな思いが、ぼくの中でぽつりと生まれた。


 子猫たちもいない。

 昨日の夕方には、ノラの背にのって一緒に帰っていった。


 それ自体は、よくあることだった。

 でも今日は――何かが違った。


 笠の上に一匹のてんとう虫が止まり、またすぐに飛び立った。

 その音だけが、やけに耳に残る。


 風が吹いた。

 それは、やさしいけれど、どこか物悲しい風だった。


 午後になっても、ノラは来なかった。


 少女も来ない日だった。

 畑の先には、遠くで鐘を直す音だけが響いていた。

 止まったままだった村の塔時計を、誰かが久しぶりにいじっているらしい。


 ぼくの中で、時間が“止まったような”感覚があった。


 夕暮れが近づく。


 空は高く、色はうすく、雲はちぎれた綿のよう。

 虫の音がいっせいに鳴き止み、代わりに、静寂が畑を包みこむ。


 ノラは――来なかった。


 夜がきた。


 星は少なく、空気は乾き、冷えた。


 ぼくはひとりだった。


 動けない。喋れない。

 ただ、風のなかで、静かにそこに立っていた。


 ほんの少しだけ、笠の縁が揺れた。

 それが風のせいなのか、ぼくのなかの何かが動いたのかは、わからなかった。

第1話からずっと傍にいたノラが、姿を消す回。

とても大きな“静かな変化”を描いています。


この喪失が、物語の秋の章を通じてじわじわと色を変え、

やがて“再会”と“真実”へとつながっていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ