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12/24

村の祭り、今年はやらない。

 その日は、夕方になっても太陽が沈まなかった。


 空の色は橙でも、どこかくすんでいて、

 まるで夜が来ることをためらっているようだった。


 「……本来なら、今日は“灯籠祭”の日だったにゃ」


 ノラがぼくの肩で、ぽつりと呟いた。


 「村の広場に灯籠を並べて、火を灯して……

  精霊たちに“ありがとう”って、そう言う夜だったにゃ」


 案山子のぼくには、その光景は見えない。

 けれど、風の向こうからは、今年も聞こえてこなかった。


 鐘の音も、太鼓も、歌声も。


 「……十年前までは、やってたにゃ。

  小さな祭りだったけど、子どもたちが走り回ってたにゃ」


 子猫たちは、今日も静かだった。

 ノラの背中で眠っている。笠の上にも、誰もいない。


 「誰かが火をつけなきゃ、灯籠はただの箱にゃ。

  踊り手がいなきゃ、輪も回らないにゃ」


 風が一度、強く吹いた。

 畑の端の草むらがざわめき、遠くで、乾いた石が転がる音がした。


 「……それでも、案山子のサエだけは、ずっとここに立ってるにゃ」


 ノラが、小さく笑う。


 「だから、今年はサエが“見送る”番にゃ。

  お祭りじゃなくても、風に“ありがとう”を言うだけでも、十分にゃ」


 ぼくは静かに、空を見上げた。

 夕暮れのなか、ほんのすこし、空気が色づいていた。


 陽が沈むその瞬間、村の外れにひとつだけ――かすかに灯った火が見えた気がした。


 誰かが、それでも火をつけたのかもしれない。


 あるいは、この世界そのものが、ひとつの灯籠だったのかもしれない。


 その光が、風に揺られ、やがて夜に溶けていった。

この世界では、祭りも、歌も、すこしずつ消えていきます。

でも、誰かが“そこにあった”ことを覚えている限り、それは完全には失われません。


案山子=サエは、記録者であり、見送り手であり、祈る者。

夏の終わりに訪れた静かな別れが、次の“秋”へとつながっていきます。

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