カラスと猫の攻防戦。
麦の穂が、すっかり黄金色に染まりはじめた。
空は澄みわたり、朝から照りつける太陽に、虫たちもややお疲れ気味。
それでも畑は元気だった。風が吹くたび、穂が揺れて波のように揺らめく。
「にゃ……やっぱり来てたにゃ」
ノラが、ぼくの肩の上から“ある方向”を睨みつけた。
その目は、普段よりも細く、とても戦闘的だった。
「また来たにゃ……畑泥棒カラスの“クロミツ”にゃ」
風が一度強く吹いたその直後、
「カァァァァァッ!」と、やたら威勢のいい鳴き声が響いた。
姿を現したのは、一羽の大きなカラスだった。
羽根は艶やかで、片目の上に白い羽毛のような傷跡がある。
「やあやあ、また会ったな、ノラ嬢。今日はいい実り日和でねぇ」
「ふっざけるにゃ、ここの実りは“ぼくたち”のものにゃ!」
ノラがぷくっと毛を逆立てて跳ね上がる。
ぼくの肩が揺れた。子猫たちは慌ててノラの背中にしがみつく。
「うるせぇにゃんこだ。どうせ誰も食わねぇ麦だろ?
オレたちが食ってやるのが“慈善”ってもんさ」
「にゃろう……慈善の意味、間違ってるにゃ!」
ノラが畑へ飛び降り、カラスと真正面から睨みあう。
子猫たちは案山子の胸元にしがみつき、きょろきょろと両者を見比べていた。
そして――攻防戦が始まった。
ノラがダッシュして脅かせば、クロミツは木に逃げ、
クロミツが隙を見て降りれば、ノラが茂みに飛び込む。
笠の上では、てんとう虫も跳ね、子猫が騒ぎ、風が吹く。
案山子のぼくは、動けない。
でも、だからこそ、ここに来るものすべての中心にいる。
ふと、クロミツがぼくの方へ近づいた。
「へっ、そういえばこの案山子、妙に“目つき”があるよな……」
「……なんか、じっと見てくる気がするぜ……」
そのときだった。
ぼくの笠が、カシャンと音を立てた。
偶然だったのかもしれない。風のいたずらかもしれない。
でもその音に、クロミツはびくっと羽をばたつかせて叫んだ。
「ひっ……!? に、人の霊でも入ってんのかコレぇぇぇ!!」
ばさばさばさ――と、情けない声をあげて飛び去っていく。
ノラが、勝ち誇ったように肩をそびやかす。
「ふっふーん、どうにか撃退成功にゃ」
子猫たちが「にゃー!」と鳴きながら、ノラに駆け寄ってじゃれつく。
その賑やかさに、ぼくは……なぜだか、“誇らしい”ような気持ちになっていた。
風がまた吹いた。
ぼくの笠が、かすかに笑うように鳴った。
ほのぼのとした日常の中で、ちょっぴりスリルのある攻防回。
動けない案山子だからこそ、“中心”として存在できる役割があります。
ノラとクロミツの掛け合いは、この物語の中でも数少ない“騒がしい”場面。
その中に、猫の誇りや、小さな命の守り手としての案山子の姿が見えてきました。