大雨と、折れかけた体。
夕暮れを待たずに、空がにわかに暗くなった。
風が止み、空気が張り詰める。
その重たさは、土の中の虫たちまで黙らせてしまうようだった。
「……来るにゃ」
ノラが、いつになく短く言った。
空の向こうに、黒い雲が広がっていた。
ひと塊のように見えるそれは、まるで夜が昼の中に沈んでくるようだった。
「雨の匂いがするにゃ。……ちがう、これは、嵐の匂いにゃ」
ノラは、子猫たちを咥え、素早く地面に降りた。
そして、いつもより真剣な目で、ぼくを見上げた。
「サエ、……無理、するにゃよ。おまえ、動けないけど、折れるにゃ」
ぼくは何も言えない。けれど、それでも「ここにいる」と、そう思っていた。
そして、雨が来た。
初めの一滴が笠を叩いたとき、すぐに二滴、三滴と続き、
やがて、それは滝のようになった。
視界が水に霞む。
音はすべて雨に飲まれ、畑はただ水と泥に沈んでいく。
身体が、きしんだ。
古びた支柱が、風に揺れ、土に足を取られながら、ぐらりと傾ぐ。
「……にゃあ……!」
どこかで、ノラの声が聞こえた気がした。
だが、ぼくの体はもう、ほとんど耐えられなかった。
右肩が斜めに落ち、背中の縄が軋む。
それでも、ぼくは、倒れなかった。
倒れたくなかった。
だって、この畑の中で、ぼくだけが風を受け止めることができるのだから。
雨は一晩中、降り続いた。
空が割れるような雷の音。
水が跳ねる音。
そして……何も聞こえなくなったとき。
朝が、来た。
空はすっかり洗われ、いつもより青く澄んでいた。
「……サエ」
ノラが戻ってきた。
その瞳が、心なしか潤んでいた。
「よく、がんばったにゃ……」
ぼくはまだ、立っていた。
傾いたまま、笠の端を泥に濡らしながら、それでも。
風が吹いた。
倒れかけたぼくの笠が、かすかに鳴った。
それは、ぼくが今日もここにいるという、ささやかな音だった。
動けない主人公だからこそ描ける、“嵐”との対峙。
村の外から来る異変は、少しずつその力を強めています。
それでも案山子は折れず、ただ立ち続ける。
それが、この村の“祈り”そのものなのかもしれません。