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灰かぶり変奏曲 ~冷遇された伯爵令嬢の逆襲~

作者: 柚屋志宇

 私の名はシャルロット・バルバストル。

 バルバストル伯爵家の長女です。


 でも今は、下女の仕事をさせられています。

 暖炉掃除をしたときに灰まみれになって以来、『灰かぶり』という蔑称で呼ばれるようになりました。


「灰かぶり! さぼるんじゃないわよ!」

「ごめんなさい、お継母(かあ)様……」


 さぼってなんかいませんよ。

 私は今まで掃除をした事がなかったので、ベテランの家事使用人たちのようには出来ないだけです。


 そもそも私はバルバストル伯爵の娘ですから、下女の仕事をする必要はないのですが。


 でも口答えすると、この継母はムキになって余計に絡んで来るので、適当にションボリしてみせておきます。

 これが一番上手くやりすごせる方法です。


 バルバストル伯爵の娘である私が下女の真似事をしているのは、継母の命令です。


 残念ながらこの継母は、私の父であるバルバストル伯爵と正式に結婚しているバルバストル伯爵夫人なので逆らえません。

 伯爵夫人は伯爵家の女主人ですが、未婚の娘には何の権限もないのです。


 父がいたら、私を下女になんかさせないでしょうけれど。

 父はずっと仕事で家を留守にしているのです。


 それで、私は、このザマです。


「お前は本当に鈍臭くて使えないわね」

「……」


 私は哀れっぽく俯きました。


「灰かぶりはグズでのろまねぇ」

「みっともないだけじゃなくて無能なのねぇ」


 継母の後ろにいる二人の義姉たちが、平凡な顔を意地悪く歪めて、ニヤニヤしながら私に野次を飛ばして来ます。

 これもいつものことですが。


 ちなみに、バルバストル伯爵の一人娘である私は、バルバストル伯爵家の嫡子です。

 この国は女子でも爵位を継げるので。


 もし父に万が一のことがあれば、私が爵位を継ぎます。

 継母と義姉たちは、私が爵位を継いだときにどうするつもりでしょう。


 私に追い出されない自信があるのかしら?

 それとも追い出されても行く当てがあるのかしら?


「奥様、マダム・ジャドがいらっしゃいました」


 使用人が継母に来客を告げました。


 マダム・ジャドというのは仕立て屋です。

 継母と義姉たちは仕立て屋に、王宮で開催される舞踏会に着ていくドレスを注文しているのです。


 その王宮の舞踏会は、王子が妃選びをする舞踏会です。

 王子妃候補となれる令嬢を連れてくるようにと、国王からバルバストル伯爵宛てに招待状が届いたもので、本来は父が私を連れて行くべき舞踏会です。


 ですが、父は王都に不在ですので、バルバストル伯爵夫人である継母が当主代理として、義姉たちを連れて出席するのです。


 王子の妃選びですから、おそらく伯爵家以上の家格の当主宛てに送られた招待状でしょう。

 伯爵家以上の家格の娘でなければ王子妃にはなれませんから。


 継母の連れ子である義姉たちは、バルバストル伯爵である私の父の養女になっているので、王子妃になれる資格は一応持っています。

 継母の実家は子爵家、継母の前夫の実家は男爵家ですから、義姉たちの血筋では本来は王子妃候補になどなれないのですが。


 義姉たちは我がバルバストル伯爵家に寄生して養女となっているので、王子妃を選ぶ舞踏会に出席できるというわけです。


「あらそう。今、行くわ」


 継母は使用人に返事をすると、二人の義姉を振り向きました。


「二人とも、行くわよ。大事な舞踏会のドレスですからね」


「はあい、お母様」


 義姉たちはキャッキャとはしゃぎはじめました。


「早く美形の王子様にお目にかかりたいわ!」

「王子様は王宮一の美男子という噂ですものね!」

「もし選ばれたら王子妃よ!」

「王子妃になれたら贅沢三昧できるわね!」


 継母と義姉たちは、ドレスや舞踏会や王子の話をしながら立ち去りました。


「ふう……」


 継母と義姉たちが廊下の角を曲がり、見えなくなると、私は下女のふりをやめました。


「お嬢様、後は私共が……」


 私から離れた場所で仕事をしていた家事使用人が、すかさず私に近付いて来てそう言い、私が手にしている掃除道具を引き受けました。


「じゃあ私はしばらく部屋で休むわ。小腹が空いたから軽食(おやつ)を持って来てちょうだい。そうね、冷製チキンをはさんだパンが良いわ」

「かしこまりました」


 継母と義姉たちを満足させるための下女の真似事をやめると、私は自分の部屋へと向かいました。



 ◆



 私はこんな生活にただ甘んじているわけではありません。


 私は仕事で家を留守にしている父に手紙を送りました。

 継母と義姉たちの私に対する仕打ちを父に知らせ、助けて欲しいとお願いしました。

 ですが父からはまだ返事が来ません。


 父からの返事を待つだけで、継母や義姉たちの仕打ちにずっと耐えているだけというのは業腹です。

 だから自分でできることはやってみようと思います。



 ◆



「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……」


 私は屋根裏部屋の一室にこもると、床に黒魔術の魔法陣を描き、悪魔召喚の儀式を始めました。


 生贄を捧げるのは、ちょっと……私には無理なので……。

 私は軽食(おやつ)として使用人に持って来させた冷製チキンをはさんだパンを供物として捧げています。


「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム!」


 私は呪文を唱え、一心に祈りました。


「我は求め訴えたり!」


 私が声を張り上げて何度目かの呪文を唱えた、その時。


「……っ!」


 魔法陣が金色の光を放ち、風が吹き上がりました。


 ――ゴゴゴゴ……。


 低い地鳴りのような音がして、魔法陣の中に何かが現れました。

 地面から植物が生えて来るように、魔法陣の中から人が生えてきました。


「私を呼んだのは、貴女?」


 魔法陣の中から生えて来た、燃えるような赤毛の黒衣の女性が、私にそう言いました。


「おお、悪魔よ! 供物を捧げます! 我が願いを叶えたまえ!」


 私がそう言うと、赤毛の女性は嫌そうに眉をしかめました。


「私は悪魔じゃなくて魔女よ。それに供物って、何これ? おやつ?」

「申し訳ありません、魔女様」


 私は眉を下げて謝罪しました。


「現在、私は虐げられていますので、十分な供物や報酬をご用意できませんでした。ですが出世したら報酬として金貨百枚お支払いいたします。どうか、来月の王宮の舞踏会に私が行けるよう、お力をお貸しください」

「出世できなかったら支払えないってこと?」

「必ず出世します!」


 私は断言しました。


「来月の王宮の舞踏会に参加することができれば、私は必ず出世いたします!」

「舞踏会に出席するだけで、どうして出世できるの?」

「来月、王宮で開かれる舞踏会は、王子がお妃選びをする目的の舞踏会なのです。だから出席さえできれば私は王子妃になります」

「王子に選ばれないと王子妃にはなれないんじゃないの?」


「王子は私を選びます。私はなにしろ、この美貌ですから」


 私は事実を淡々と述べました。


「王子は私に一目惚れするでしょう」

「大した自信ねえ!」

「ただの事実です」

「貴女、面白いわ!」


 赤毛の魔女はわくわく顔になり目を輝かせました。


「王宮ロマンスって面白そう。解った。私が貴女を舞踏会に行けるようにしてあげる。報酬は後払い。一年以内に支払ってくれれば良いわ。一年あれば王子妃になれる?」

「余裕です」

「もし一年以内に報酬を支払えなかったら……」


 赤毛の魔女はニヤリと笑った。


「代わりに、貴女の寿命を二十年分貰うわよ? あなたはその輝くような若さと美しさを失うことになるわ。それでも良い?」

「はい。舞踏会に行ければ支払えるので、全然大丈夫です」



 ◆



 ――王宮の舞踏会、当日。


 継母と義姉たちが、我がバルバストル伯爵家の財を使って仕立てた豪華なドレスで着飾り、我がバルバストル伯爵家の身分を使って舞踏会へ出かけた後。


「灰かぶり、来てあげたわよ!」


 赤毛の魔女が、私の部屋の窓辺に箒で乗り付けました。

 背負い袋を背負っています。


 私が開けた窓から、魔女はするりと私の部屋に入って来ました。

 そして箒を壁に立てかけ、背負っていた袋から箱を取り出しました。


「灰かぶり、この靴を使って! 私の自信作よ!」


 魔女はわくわく顔で私に箱を差し出しました。


「ありがとうございます。でも、あの、悪口は止めてもらえませんか?」


 私は魔女から箱を受け取りながら言いました。


「灰かぶりは蔑称ですから。悪口ですよ」

「あら、良いじゃないの。弱者の立場は武器よ。灰かぶりって呼ばれて蔑まれてますって、被害者ぶれば良いのよ」

「……!」


 私は魔女の発想に感心しました。


「さあ、早く箱を開けてみて。私が作った靴を見て。渾身の傑作よ!」


 魔女に促されて私は受け取った箱を開けました。

 箱の中にはキラキラと煌めく、どう見てもガラスにしか見えない靴が入っていました。


「この靴、ガラスに見えますが、どんな素材で出来ているんですか?」


 私がそう尋ねると、魔女は自信満々に微笑みました。


「ガラスよ」

「割れませんか?」

「ただのガラスじゃなくて魔法の靴だから割れないわ。それに、貴女の足にしか合わないから!」


 魔女は楽しそうな笑顔で計画を話し始めました。


「舞踏会から帰るときに、この靴を片方、落としてくれば良いわ。もし王子が貴女に一目惚れしたら、きっと落とした靴を手掛かりに、王子は貴女を探すはずよ」

「……」


 魔女が提案した回りくどい計画に、私は首を傾げました。


「……王子とダンスをしたときに、その場で名乗ったほうが手っ取り早いと思うのですが……」

「そんなんじゃロマンがないわ。ミステリアスな要素は必要よ!」

「そうでしょうか?」

「大体ね、その場で名乗ったら、王子妃の座を狙ってるのがバレバレじゃない。『地位には興味ありません』って素振りをしたほうが受けが良いわ」

「それは一理ありますね」

「それに男性は狩人(ハンター)なの。動いている獲物に興味を持つのよ。逃げられると、燃えるの。特に権力者はね、支配欲があるのよ」

「なるほど」


 私は魔女の明哲に感心しました。

 魔女なだけあって、さすがです。

 考察が深いです。


「貴重なご意見ありがとうございます。ですが一つ懸念があります」

「何かしら」

「靴のサイズが同じ人は大勢いるでしょう。どうやって私の靴だと証明すれば良いのでしょうか」

「魔法で貴女の足にしか合わないようにしてあるから大丈夫! 他の人にこの靴は履けないわ」

「なるほど。……でもどうして靴なんですか? 家紋が刺繍されたハンカチなどのほうが探してもらうのに効率が良さそうですが」

「男性は女性の靴が好きなのよ」

「そういうものですか?」

「そういうものよ」


 私は魔女としばし押し問答をしましたが。

 魔女の提案した計画を受け入れたら、報酬の金貨百枚を割引して八十枚にしてくれるというので。

 私は魔女の提案を受け入れました。

 商談成立です。


「手がかりがガラスの靴だけで、王子は私を探せるでしょうか」

「王子ともなれば仕事が出来る優秀な部下がついているから。王子の希望があれば有能な部下がちゃんと手配するわよ」


 私は魔女の言う通りに、靴を脱ぎ、ガラスの靴に履き替えました。

 私の足は、するりと靴に入り、靴は私にぴったりになりました。


「じゃあドレスを着せるわよ」


 魔女はそう言い、私に両手を向けると呪文を唱えました。


「ヴェステ・シンティーラナ!」


 魔女が呪文を唱えると、金色の光が私の身を包みました。


「……っ!」


 不思議な金色の光が消えると、私の家事仕事着が煌めくドレスに変わっていました。


「鏡を見てご覧なさい」


 魔女にそう言われ、私は鏡を覗き込みました。


「……!」


 そこには煌めくドレスを纏い、綺麗に髪を結い上げ、髪飾りまでつけている私が映っていました。


「髪まで?!」

「幻術よ」


 魔女は得意気に言いました。


「ただこの幻術は時間制限があるの。十二時を過ぎたら元に戻ってしまうから気を付けて。十二時までに王子と踊って、靴を落として帰って来るのよ」


「解りました。あと、招待状の問題があるのですが」

「私が付き添うわ。私がいれば招待状がなくても王宮に入れるわ」



 ◆



 私は馬車で王宮へ行きました。


 我が家の馬車ですが、魔女の幻術でカホチャ型の珍妙な形に変えられた馬車です。


「どうして馬車をカボチャ型にしたのですか?」


 私がそう尋ねると、幻術で男性の従者に変装している魔女は、にっこり微笑んで答えました。


「だって幻想的(ファンタジック)でしょう? 馬車のデザインもドレスと同じくらい大事なのよ。幻想的(ファンタジック)な馬車から神秘的(ミステリアス)な美女が出て来たら絵になるでしょう?」


 まあ、私は、王宮の舞踏会へ行ければそれで良いので。

 馬車のデザインは魔女のセンスに任せておくことにしました。


 カボチャ型の珍妙な馬車に乗って、私は従者に変装した魔女にエスコートされて王宮の舞踏会へと行きました。

 魔女が呪文を唱えると、衛兵は招待状を持っていない私たちをすんなり通してくれました。


 王宮の侍従に案内され、私たちは舞踏会が開かれている王宮の広間へと入場しました。


 魔女はわくわく顔で私を激励してくれました。


「さあ、王宮ロマンスの開幕よ! 圧倒的戦力で舞踏会場を蹂躙しておあげなさい!」



 ◆



 ――シャンデリア煌めく王宮の広間。


「なんて美しい……!」

「どちらのご令嬢かしら?!」


 従者に化けた魔女にエスコートされて入場した私の美しさに、人々は感嘆を漏らしました。


「美しい方、どうか私と踊ってください」


 早速、王子が釣れました。

 王子の目印である細冠(サークレット)を付けていたので、一目で王子だと解りました。

 金髪碧眼で整った顔立ちの優男です。

 なるほど、美青年と噂されるだけのことはあります。


 でも美貌なら、私のほうが王子より上ですよ。


「はい、喜んで」


 私が王子の手を取ると、王子は私を舞踏会場の中心へと導きました。

 楽団が奏でるゆるやかな舞踏曲に合わせて、私は王子と踊りました。


「美しい方、お名前を教えてくださいませんか?」

「……秘密です……」


 魔女に支払う報酬の金貨百枚を八十枚に割引してもらったので、ここで私の身元を王子に明かすわけには行きません。

 私は名乗らずにガラスの靴を落として去る。

 それが割引の条件ですから。


 私は王子の質問をかわしながら、踊り続けました。

 二曲目も、三曲目も……。


 そしてあっという間に時間が過ぎて、十二時が近付いて来ました。


「王子殿下、申し訳ございません。私はそろそろお暇しなければなりません」

「私がお送りしましょう」

「いいえ、家の事情で……それはできません」

「お父君には私から説明します」

「どうかお許しください」


 私は王子の手を放し、踵を返して小走りで人々の間を抜けて広間の出口へと向かいました。


「待って!」


 王子が追いかけて来ました。

 さすがに男性の足は早い。

 あっという間に追いつかれそうになりましたが、何故か王子は動きが鈍くなりました。


 広間の扉の近くで待機している、従者に化けた魔女が、私にウインクしました。

 どうやら魔法を使って王子を足止めしてくれたようです。


「美しい方、どうか! お名前を!」


 王子がのろのろとした動きで追いかけて来ましたが、私は逃げました。

 階段の途中で、靴をわざと落として。


「灰かぶり! こっちよ!」


 王宮の玄関口の馬車止めには、すでに珍妙なカボチャの馬車が待機していました。

 従者に化けた魔女が私の手を取って、馬車に乗せてくれました。


 走り出したカボチャの馬車の窓から王宮を振り返って見ると。

 私が落としたガラスの靴を手にした王子が呆然とした表情で、私たちのカボチャの馬車を見送っていました。


 私と一緒に窓から王子の様子を見た魔女は、満足気な笑顔ではしゃぎながら私を褒め称えました。


「見事に王子の一本釣りを決めたわね!」


 ――リンゴーン、リンゴーン。


 街の広場の時計塔が鳴らす十二時の鐘の音が、私たちを乗せた馬車が走る夜道に降り注ぎました。



 ◆



 ――舞踏会の日からしばらく後の、ある日。


 魔女が言っていたとおり、王子はガラスの靴を持って我が家を訪れました。


 招待状を出した貴族家を、上位から順にこつこつと回って、その家の娘たちの足にガラスの靴が合うか試しているとのことでした。


 義姉たちは意気揚々とガラスの靴に足を突っ込みましたが、義姉たちの足はガラスの靴に入りませんでした。

 足のサイズは私と同じくらいですのに、不思議です。


「ね? 合わないでしょう? そういう魔法なのよ」


 見物に来ている魔女が、楽しそうに私に言いました。

 魔女の姿は、魔法で他の人には見えなくなっているらしいです。


 義姉たちがガラスの靴を試した後、王子のお付きの文官らしき者が手にした書類を見ながら首を傾げました。


「バルバストル伯爵家にはもう一人、娘がいるはずです」

「いいえ、いません」


 継母はしらを切りました。


 紋章院が貴族家の家系図を管理しているので、そんな嘘を吐いてもすぐバレるということを知らないのでしょうか。


「バルバストル伯爵の直系の娘、嫡子のシャルロット・バルバストルがいるはずです」

「そんな娘はおりません。バルバストル伯爵の娘はこの子たちだけです」


 継母は再びしらを切りました。


「……」


 王子の助手をしている文官は盛大に眉を歪めました。


 そろそろ頃合いでしょうか。

 私は家事使用人のお仕着せ姿のままで、王子たちの前に飛び出しました。


「……!」

「……っ?!」


 王子とお付きの者たちも、継母と義姉たちも、皆が飛び出した私に注目しました。


 皆の視線を浴びて、私は高らかに宣言しました。


「私がシャルロット・バルバストルです!」


「あ、貴女は……!」


 王子が私の美貌を凝視しました。

 今の私はみずぼらしい使用人の姿ですが、美貌は健在ですものね。


「そ、その子はただの召使いです!」


 継母は醜く顔を歪めてそう叫ぶと、私を怒鳴りつけました。


「灰かぶり! お下がり! 王子殿下の前で無礼ですよ!」


 王子は険しい視線を継母に向けました。


「では、この家の嫡子はどこにいるのだ? そこにいる娘たちは……」


 王子は義姉たちについて言いました。


「バルバストル伯爵の養女で、実の娘ではないだろう?」


 王子は文官に確認するかのように視線を向けました。

 文官は得たりと答えました。


「はい。彼女らはバルバストル伯爵夫人の連れ子であり、バルバストル伯爵の養女です」


 文官は書類をもう一度確認して言いました。

 書類はおそらく紋章院から持ちだした家系図でしょう。


 紋章院というのは。

 王族や貴族の成りすましや、家の乗っ取りが横行していた時代に、それらの不正を阻止することを目的として、時の国王の命により創立された王侯貴族の紋章と家系図を管理する機関です。


 義姉たちがバルバストル伯爵の実の娘だと嘘を吐いても、シャルロット・バルバストルの存在を隠しても、紋章院が管理している家系図を見れば一目瞭然なのです。

 こういうときのための紋章院ですからね。


 義姉たちのどちらかが実名を名乗らず、私の名を騙って、私に成りすましていれば、私を排除できる芽は少しあったかもしれません。

 しかし義姉たちは顔がそっくりで、継母にもそっくりなので、それも厳しかったでしょうね。


「ガラスの靴を、彼女に……」


 王子の指示で、侍従が、上等の布が掛けられた台の上に乗せられたガラスの靴を私の前に捧げました。

 私は椅子に腰かけると、履いている靴を脱ぎ、ガラスの靴に足を入れました。


 私の足は、するりと、ガラスの靴に入りました。


「やはり……貴女だった!」


 王子はそう声を上げると、私に手を差し伸べました。


「シャルロット、君に結婚を申し込む。どうかこの手を取って欲しい」


 熱っぽい眼差しで私を見つめ、王子はそう言いましたが、私は眉を下げました。


「私は王子殿下をお慕いしております。ですが……それは叶いません」


「な、何故だ?! バルバストル伯爵が反対するとでも?!」


「いいえ、反対するのは父ではなく継母です」


 私は悲し気に微笑んでみせました。


「先ほど継母が言った通り、私は召使いの灰かぶりなのです。継母の命令で、私は召使いの仕事をしています……」


 私は哀れっぽく俯いて、悲しそうな顔を作って言いました。


「父が留守である現在、継母が当主代理をしておりますので、私は王子殿下とは結婚できないのです。召使いの灰かぶりが王子と結婚することをバルバストル伯爵夫人である継母は許しませんもの……」

「だが貴女は、バルバストル伯爵家の嫡子なのだろう?」

「はい」

「だったら、何故?!」

「私にも解りません。継母の命令で、私は突然、下女に落とされたのです」


 私はうるうると目を潤ませ、すがるような眼差しを王子に向けました。


 虐げられている灰かぶりという弱者の立場は、武器になると、以前に魔女が提案してくれましたので。

 それを採用してみました。


「なんということだ……」


 王子は険しい表情をして、継母と義姉たちを睨みつけて言いました。


「お前たちはシャルロットを虐待しているのか!」


「い、いいえ、そんなことはしていません! 灰かぶりは下女の仮装をするのが好きで、いつも仮装をしているのです!」

「では、お前は何故、彼女を灰かぶりなどと呼ぶのだ?」

「そ、それは……、そう呼んで欲しいと頼まれたからで……」


 継母はしどろもどろに言い訳を始めました。

 王子は継母に疑惑の眼差しを向けて訴えを聞くと、私を振り向いて言いました。


「バルバストル伯爵夫人はああ言っているが、シャルロット、どうだ?」


「継母に暖炉の掃除を言いつけられて、頭から灰をかけられて、笑われました。そのときから継母と義姉たちは、私を灰かぶりと呼んで蔑むようになりました」


「……」


 王子の顔がますます険しくなりました。

 私はさらに続けました。


「服は、この服しかないのです。私が持っていたドレスは、義姉たちに全部ビリビリに破られてしまいました。ドレスが一枚もなくなった私に、継母はこの使用人の服を着るようにと、私に命じました。だから私にはこの服しかないのです……」


 私は両手で顔を覆い、泣き真似をしました。


 王子とその一行は私に同情の目を向けました。

 継母と義姉たちは顔を蒼ざめさせています。


 この様子を見物して、魔女はケラケラと笑い転げました。


 王子は継母の糾弾を始めました。


「バルバストル伯爵夫人! お前は正当な嫡子を虐待していたのだな!」

「誤解です! 灰かぶ……、あ、シャ、シャルロットが嘘を吐いているのです!」


 継母は必死に否定を始めました

 なので私は、王子に哀れっぽい顔でお願いをしました。


「王子殿下、お願いです、お継母(かあ)様を怒らせないでください。お継母様を怒らせたら、私はまた、鞭で打たれてしまいますぅ……!」

「な、なんだと! そんな酷いことをされているのか!」


 王子はますます眉を吊り上げて継母に鋭い視線を向けました。

 継母は必至の形相で私に言いました。


「シャルロット! デタラメを言わないで!」


 はい、これはデタラメです。

 さすがに鞭で打たれたことはありません。

 ですが継母も先ほどデタラメを言っていたので、おあいこですよ。

 それに私は下女の扱いを受けてさんざん悪口を言われたので、このくらいの仕返しは良いでしょう。


「お継母様が私を睨んでるぅ……! こ、怖いぃ……!」


 私は怯えて見せました。


「シャルロット、君のことは私が守る!」


 王子は私と継母の間に立ち、継母の視線から私を庇うようにすると、お付きの護衛たちに命令しました。


「この者どもを捕らえよ!」

「はっ!」


 王子の護衛で付いて来ていた兵士たちが、継母と義姉たちを捕らえました。



 ◆



 継母と義姉たちは貴族牢に入れられました。


 これは彼女らが望んだ結果です。

 私を敵に回すと、そう決めたのは彼女たち自身ですから。

 さぞや本望でしょう。


 私を溺愛しはじめた王子が、国王に私の悲惨な状況を訴えてくれたので、国王が私の味方になってくれました。


 国王により王宮に呼び出された私の父バルバストル伯爵は、王命により、継母とその連れ子たちと離縁しました。

 さらに父は管理能力不足ということでバルバストル伯爵の位を剥奪されました。


 そして私シャルロット・バルバストルが、バルバストル女伯爵となりました。

 王子と結婚するので私自身が領地の管理をすることはできませんが、国王が派遣してくれた優秀な代官と管財人が領地を治めてくれるので問題ありません。


 王子と結婚して何人か子ができたら、そのうちの一人にバルバストル伯爵を継がせる予定です。



 ◆



 私は王子と結婚して王子妃になりました。


 結婚式は王都の大聖堂(カテドラル)で行われました。

 主だった貴族たちはもちろん、周辺国からも賓客を招き、国威を示すために華やかな式を挙げました。


 王宮では祝賀の晩餐会が開かれ、その後は三日三晩、舞踏会が開催されました。


 舞踏会ではもちろん私は王子とダンスを踊りました。


「シャルロット、こうしてまた君と踊れるなんて夢のようだ……」

「私も、幸せすぎて夢を見ているようです。天使様のおかげですわ」


 私が魔女に魔法で助けられて舞踏会に参加した件は、天使が奇跡を起こしてくれたと王子に説明しました。


 黒魔術で悪魔召喚をしたなんて言えませんからね。


「心優しい君だったからこそ、天使様は奇跡を起こしてくれたのだろうね」



 ◆



 私と王子が結婚した際に、貴族牢に収監されていた継母と義姉たちに恩赦を与えました。


 釈放された継母と義姉たちは、継母の実家の子爵家に身を寄せたようです。


 私は、継母の実家の子爵家と、継母の前夫の実家である男爵家、つまり義姉たちの実の両親の家には、王宮の催しの招待状を送らないことにしました。


 新年の祝賀会など、貴族全員が出席する式典の招待状は送りますが。

 それ以外の催しからは両家を外すようにと言いつけてあります。


 私は王子に溺愛されていますし、国王と王妃も私の味方ですから、因縁のある家を招待したくないという私の我儘は聞いてもらえるのです。


 王子妃である私に疎まれ、明らかに王家から冷遇されている状況で。

 継母と義姉たちが身を寄せている実家の子爵は、継母や義姉たちをどう扱うのでしょう。

 また義姉たちの実父である男爵は、義姉たちのことをどう思っているでしょう。


 もともと義姉たちが、継母の連れ子として我がバルバストル伯爵家の養女となったのは、血筋の子爵家と男爵家からは不用とされていたからです。

 そのような立場の危うい状況で、よくもまあ、伯爵家の嫡子である私を虐めたりできたものです。

 そういう頭の悪いことをする人たちだから、実家の子爵家や男爵家からは不用物として扱われていたのでしょうね。


 その不用なゴミを拾ったのが、私の父だったわけです。


 父が言うには、父の再婚は私のためだったとのことです。

 父は家を留守にするので、私のために女親がいたほうが良いだろうと。

 さらに姉もできたら私が心強いだろうと。


 人を見る目がなさすぎて呆れます。



 ◆



「魔女様、お約束の報酬、金貨八十枚です。お収めください」


 王子妃およびバルバストル女伯爵の地位を手に入れた私は、自由にできる財を得たので、魔女に報酬を支払いました。


「魔女様にはお世話になりましたので、もしご要望があれば王宮に地位をご用意いたします。宮廷占星術師の地位など如何でしょう?」


「あー、そういうの私は興味ないから」

「左様でございますか」


「それより、シャルロット、貴女、魔女の素質があるわ。私の弟子にならない? 立派な魔女に育ててあげるわよ? 黒魔術も教えてあげるわ。貴女、黒魔術が好きなんでしょう? 悪魔召喚のやり方を知っていたくらいですもの」


「いいえ、私はゆくゆくは王妃になる予定ですので、遠慮いたします」

「王妃なんてつまらないわよ?」

「そうでしょうか?」

「そうよ」


「王妃になって、影から国を支配するのはとても楽しそうなのですが?」


 私が真顔でそう言うと、魔女はケラケラ笑いました。


「シャルロット、貴女、やっぱり魔女に向いているわ!」




 ――かくして。


 灰かぶりと呼ばれていた私は王子妃となりました。

 私は王子に溺愛されて、国王と王妃も懐柔し、王国の影の支配者となりました。


 めでたし、めでたし。







 ――完――


※「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」

「Eloim, Essaim, frugativi et appellavi」の日本語訳。

魔術書グリモワールに記されている悪魔召喚の儀式の呪文です。


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