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1-真実を届ける者たち

 情報——それは、いつの時代も国家の命運を左右する力を持つ。

 一つの報せが国を繁栄へと導き、また別の一報が、王政や軍制、あるいは国家そのものを一瞬で崩壊させる。

 その影響力を、支配者たちは痛いほど理解している。だからこそ、彼らは不都合な真実を闇に葬り、都合の良い嘘を声高に広める。

 この世界は常に、情報という名の潮流に飲まれ、揺れ動いているのだ。


 ——だが、その中にあって、たった一つ、いかなる権力にも屈せず、完全な独立を保つ報道機関が存在する。

 その名は——



 鉄の巨人が咆哮するような印刷機の轟音。

 インクと紙が混ざり合う、独特の匂い。

 リベルタスプレス本社には、今日も記者たちの熱と声が飛び交い、真実を刻むための準備が慌ただしく進められていた。


 この世界には、八つの国が存在する。

•軍事国家〈アルヴェニア帝国〉

•商業の中心〈ヴェルン共和国〉

•神の名を掲げる〈ノーザリオ神聖国〉

•鉱山資源に富む〈ガルザーク連邦〉

•魔法研究が盛んな〈セレヴィス王国〉

•海の覇者〈オルトラン公国〉

•騎馬戦士の国〈ファルシオン草原国〉

•自然と共生する〈エルムガルド自治領〉


 多種族が暮らし、魔法が息づくこの大陸では、国境付近での小競り合いや戦争が日常茶飯事となっている。

 それぞれの国には当然、政府に都合のいい情報のみを発信する国営新聞社が存在していた。


 だが、ただ一つ。どの国にも属さず、中立を掲げ、誰のためでもなく「事実」だけを伝える新聞社がある。

 ——それが、リベルタスプレスだ。


 記者たちが筆を取るのは、己の目で見たもの、耳で聞いたもの、それだけ。

 憶測、感情論、政府のプロパガンダ——そのすべてを排し、虚偽や誇張を許さない。

 真実を、淡々と、正確に。誰の味方でもなく、ただ「報道」として伝える。


 その理念を、何よりも強く貫き、組織を率いる男がいる。

 リベルタスプレス編集長、エドガー。


「編集長、取材班が戻りました!」


 扉を勢いよく開け、若手の記者が駆け込んでくる。

 エドガーは湯気の立つコーヒーカップを片手に、ちらりと視線を上げた。


「ご苦労。で、内容は?」


「はっ。軍が国境付近に大規模な兵力を移動させています。政府は“通常訓練”と発表していますが、規模がまるで違います。戦争の準備と見て間違いありません!」


「……そうか」


 エドガーは黙って報告書を受け取り、目を通す。数秒後、赤ペンを取り上げながら、静かに問いかけた。


「新米。うちのモットーはなんだ?」


「……事実、ただそれだけです!」


 即答するその声に、エドガーは満足げに頷いた。


「そうだ。我々は断言しない。“戦争が起こる”なんて言葉は、今の時点では不要だ。だが、“帝国軍が動きを見せている”という事実は、しっかり報じる。それが我々の仕事だ」


「承知しました!」


 記者は一礼し、原稿を手に編集室へと駆け戻っていった。



 数時間後、印刷機から吐き出される無数の新聞。

 その紙面を背負い、空へと羽ばたいていくのは、リベルタスプレス専用の使い鳥たちだ。

 読者は鳥に小銭を渡し、新聞を受け取る。素早く、そして国境を越えて真実を届けるこの手法は、情報の流通手段としては極めて優秀だった。


 だが、真実は時に誰かにとって不都合なものであり——


 当然、妨害も多い。


 リベルタスプレスは八つの国すべてに拠点を構え、大陸の中心、セレヴィス王国の拠点に本部を置く。

 そこで最終チェックと印刷が行われ、各地に飛び立っていくのだ。


◇ガルザーク連邦・夕刻


 市場の片隅で、仕事終わりの庶民たちが新聞を手に語らっていた。


「帝国軍が動いたって……マジかよ。やっぱり戦争になるのか?」

「国の新聞は“平和維持訓練”とか言ってたけどな。どっちを信じるかって話だよなぁ」

「でもよ、あの“世界の覇者ランキング”だけは信用してる。あれだけは本物だ。面白ぇし、妙に当たってるんだよな」


 一方で、貴族の屋敷では、別の声が上がっていた。


「またくだらん記事を……民を煽って何になる。リベルタスプレスとやら、ただの扇動者どもめ」

「放っておけ。どうせ読むのは、せいぜい農民と冒険者くらいだ」


 真実は、誰にでも歓迎されるものではない。

 庶民には疑われ、支配者には煙たがられる。

 それが、リベルタスプレスの日常だった。



 その夜。


 新聞を背負った使い鳥たちが、夜空を翔けてゆく。

 だが、空は静かにして、決して平穏ではなかった。


 鋭い悲鳴。羽音の消失。

 ——襲撃。


「またか……」


 報告を受けたエドガーは、溜息とともに椅子にもたれかかる。


 新聞が奪われる。鳥が撃ち落とされる。受け取った金が盗まれる。

 リベルタスプレスは発送のタイミングを意図的にランダムにしているが、それでも妨害は絶えない。


 そのせいで、彼らの利益はほとんどない。

 それでも、誰かが、真実を届けなければならない。


 エドガーの目が、静かに灯る。


(この世界で、真実だけを伝えることが、どれほど困難か……それでも——)


 彼らの挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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