雨、揺れる紫煙
なんとなく書き始め、2時間で書き上げた短編。
土方さん目線で紡がれる、少しの心の揺れを描いてみました。
――煙管から立ち昇る煙がゆらりと揺れて、障子の向こうに雨音が響く。
頭の中で、先頃の事件を思い返しながら煙管を吸う。
書くべきことがまとまれば筆を走らせ、また紫煙を燻らせる。
頬杖をつき、ぼぉっとしていると、人の気配を感じた。
「入れ」
「失礼します」
雨音がよく聞こえるようになり、監察方の山崎が入ってくる。
彼は音もなく座ると障子を閉めた。
「先日での長州の攘夷志士たちの行動ですが、…やはり例の、吉田寅次郎に関する集まりかと…だいぶ日を置いていることから、まだ人員を集めている様子です」
「………そうか、御苦労だったな山崎」
「副長」
「なんだ」
「…今夜は冷えますから、お早めに床につくのがよろしいかと」
度々、任務以外に声を掛けてくると思えば、似たような労いの言葉
白く濁った煙を吐き出すと、右後ろにいる山崎を振り返る。
「これくらいの寒さなんざ、俺の生まれに比べればなんてことない」
「お顔の色もよろしくないようですが」
「……生まれつきこの顔なんだがな」
しばらくじっとしていたが、視線を逸らした山崎は一言「副長がそうおっしゃるのなら…」と言い残し、席をたった
歩き去る音もせず、かといって気配もしない
雨音もあり、この部屋にいたのがまるで幻だったかのように彼は去って行った
「気ぃつかわれちまうとは……俺もまだまだだな」
芹沢や関係の深い部下を除隊させてから一か月が経つ
当たり障りのない日々に、幾ばくかの物足りなさを感じないといえば嘘になるが
ふと脳裏をよぎるは、かつての仲間たちの最期
任務中には考えもしない、後悔という念
それはただ暗く、渦を巻き、繰り返し、気がつけば忘れるもの
翌日、日が昇り始めても降りしきる雨は絶え間なく地に吸い込まれる
昨日の報告に基づき山崎や、見回り番にあたる隊長らに命令と警戒を促し
報告書、または記録の整理、今後の行動を考える
昼も過ぎた頃に、隊士たちに指導又は人選の見極めをしながら
休む間もなく、それぞれの報告を聞き、指示を出す
そして昨日と同じように…
ただ障子の向こうの静かな音に耳を澄ます
縁側から消えない雨音に雑じり一定の間隔で歩く、人の足音が近づいてきた
「歳」
特定の人物以外にはない声の掛け方から、昔から慕い続ける気配から、彼だとわかる
「…なんだ」
「やはりまだ起きていたのだな」
木枠のすべる音がしたかと思うとすぐに、部屋の籠った暖かさがなくなっていったのを背中で感じた。
近藤さんは胡坐をかき、袖の中に手を入れながら話始める。
「歳、近頃島原へ行ったのはいつだ?」
「…さあな。覚えちゃいない」
鼻から息をもらし口を結び、思い黙るのも一瞬で、
「なあ…お前さんは少しばかり考えすぎるところがある。あまり力を入れすぎるな、万が一に何か大事が起こったらどうする」
「日々起こる小事を潰していけば、大事に至らなくて済む」
「しかし思わぬ事に対して、身体が動かぬこともありうるだろう」
「そうならないために、鍛錬は欠かさぬことにしている…あんたも知っているだろう」
「俺はな、歳……お前さんの頑張りには頭が上がらないほどありがたいと思っている。だが、昔からのその頑固さには…ほとほと、ため息しかでぬよ」
「俺もまだ餓鬼のころから、あんたを見ているが…その甘さには何も言えなくなるな」
終わる過去も、変わらぬ過去も…どれもこれも手にするにはあまりにも多すぎて零れ落ちていく
それでも志が尽きない限り留めておき、この命尽きるまでは無くさずにいよう
全ては、一つの想いを叶えるために
――煙管から立ち昇る煙がゆらりと揺れて、障子の向こうに雨音が響く。
読んでいただき、ありがとうございました。
新撰組、大好きです。