幕間 勇者とカワウソ
理沙がタワマンに到着する少し前の風雅視点です。
「なんで勝手に理沙んとこ行ったんだよ。」
俺は間もなく理沙が来る予定のリビングで、断りもなく勝手に理沙のところに行ったオッターリンに文句を言った。
「主どのこそ、なんでアンネリーサ殿に一部始終を説明せんのだ?某が見たところ、アンネリーサ殿は右も左もわからぬ生まれたてのバード族じゃった。」
オッターリンは全く悪びれる様子もない。
「…鳥の雛ってことかよ。」
「鳥ではない。バード族じゃ。なにせ、まどろっしくて見てられん。とっとと事情を説明したら、アンネリーサ殿とて、何か思い当たることがあるやもしれんじゃろう?ともかく、ようやくアンネリーサ殿と接点ができたのじゃ。はよう主どのの懸念事項を解決するがよい。」
「勝手なことしといて手柄たてたみたいにドヤってんじゃねぇよ…ったく。」
「遂にアンネリーサ殿と交流が開始したのじゃ。大手柄じゃ。」
「ったく、こじれたらどうしてくれんだよ……。」
「期せずして『時の鳥』も見つけたことじゃしの。それにほれ……藪をつついたら、蛇が出たぞい……。はぁ~~それにしても、まどろっこしぃのぉ~~。事が起こってからでは遅いというに。」
このカワウソ、俺の苦情は全く受け付けずに勝手なこと言いやがって。
「そんなことはさせねぇよ。…とにかく、ほら。早く訓練つきあってくれよ。」
はぁ~まどろっこしいまどろっこしい、と言いながら、オッターリンはリビングに結界を張った。
俺はシンクの中にセットしておいた花瓶と一本の花に集中する。
額に汗がにじむ。
(集中……)
花に向かって手をかざし、「氷結」と唱えると、シュッ、と音をたてて氷の矢が飛び、花を氷漬けにした。
そこに反対の手をかざし、「燃やせ」と唱えると、ボッ!と音をたてて炎が放出され、花が蒸発した。
「おお!!うまくいき申したな!だいぶコツをつかめてきたではござらんか!」
俺は脱力して両ひざに手をつき、息を整えた。
「は~~~!やっとこれっぽっちかよ…魔王を火だるまにした人間とは誰も思わねぇだろうな。」
フォン…と音をたててステータスバーを立ち上げると、「適応力」の数値が360から410にアップした。
「攻撃力」などは万を数値なのにである。
「主どのの功績はまぎれもない事実じゃ。ここは我がビースタリオード王国とは階層が違うのじゃから、仕方あるまい。ほれ、毎度おんなじ愚痴をボヤいとる暇があったら、次々鍛練するのじゃ。使役獣に説教されて、情けなくないのかの!」
「使役獣ったって、便宜上そうしてるだけで、あんた大賢者様だろうがよ……。」
「使役獣は使役獣なのじゃ!」
この世界に戻って、くっついてきたオッターリンが自在に力を操っているものだから俺もビースタリオード王国に居たときと同じようにパワーを使えるもんだとおもった。
が、全く使えない。
ステータスバーは立ち上がったし、戦闘力も生命力も、どのレベルも下がってないのにだ。
そこに、ひとつ、新しいステータス値が現れた。
適応力。
それが0だった。
「それがしは、この世界の存在にあらんからな。こう見えて、いま見えておるそれがしは、この世界とビースタリオード王国の間の階層に存在しておる。したがって、元々この世界の者にはそれがしの姿は認識できんのじゃ。ビースタリオード王国第九代大賢者たるそれがしは、あらゆる階層において、超自然的力を自在にあやつることもお手のモノ。」
そういってオッターリンは鼻の穴を膨らませた。
「俺はどっぷりこっちの世界の人間だから、こっちに戻ったから魔術は使えなくなったってことか?」
そもそもここは俺にとっては「現実」だし、異世界で使ってたようなチートな能力をそのまま使いたいなんて、都合のいい話なのか?
「他の階層に干渉する能力を高めることじゃのう…。ほれ、主殿はこの、『適応力』のレベルがゼロじゃろ?これでは魔術など使いようがない。」
「どうしたら上がるんだ?」
ピン!と短い人さし指を立て、オッターリンがズイっと近寄ってきた。
魚臭い。
「イメトレと、集中…じゃの。」
「………超適当なこと言ってんな……」
かくして、オッターリンが別階層に設置したモノ(例えばさっきの花瓶は、実は別レイヤーに置いてある)に物理的に力を加える練習をはじめた、というわけだ。
超適当なアドバイスに従って、「集中」してイメージした力を対象物に加えている。
……俺も超適当なこと言ってんな……。
「お。そろそろ理沙どのがエントランスに到着したようじゃぞ。」
オッターリンが目を細める。
オッターリンは「遠視」という能力を使って百キロ圏内のものを見ることができる。
俺は「同調」のスキルを使ってオッターリンの見ているもの自分の意識と共有した。
魔王討伐のときにオッターリンは俺の契約獣になった。
『あんた、すごい賢者なんだろ?使役契約なんか、屈辱的じゃねぇの!?』
使役獣といえば読んで字のまんま。
使役される獣ってことだ。
繰り返しになるけど、こう見えてオッターリンは王国では第十九大賢者とあがめられる存在。
それから見たら俺なんか小わっぱもいいところだっていうのに。
でもオッターリンが言うには、使役契約をしてると「主」となる人物はオッターリンが持つ能力に自由に同調できるから便利なんだと。
魔王を共に討伐するというのであれば、そのほうが効率がいいんだそうだ。
お互いの合意があればすぐに解除できるし(『それがしほどの傑物であれば』、と、威張ってたけど)。
魔王はとどめをさしてあるし二度と復活することはない。
使役契約は解除すれば良いと思っているのに、俺はすっかりなつかれてしまい、今に至る。
ただ、この能力を自在に使えることと、それを別の階層で発揮できることは、別物らしい。
オッターリンの「遠視」に便乗して理沙を見た。
俺が今いるタワマンをエントランスで呆然と見上げる、ボロい自転車にまたがった理沙。
俺はその自転車に見覚えがあることに気がつき、苦しくなった胸をTシャツの上からギュッと掴んだ。
誰よりも早く出勤して、誰よりも遅く帰る理沙。
あの悪徳経営者は終電もない時間に、理沙がどうやって帰っていると思っているのだろうか。
普通に考えておかしいのに、あの男は考えもしない。
あの胸くそ悪い同僚も。
(全部カタがついたら、どいつもこいつも覚えてろよ。)
「…あの職場は今日で最後だ。」
低く、呪うような声で、俺はそう吐き捨てた。
「主どの。早ぅ行かんと、アンネリーサ殿が帰ってしまいそうな様子じゃぞ?」
「おぅ。」
イラ立つ気持ちをしずめ俺は急いで部屋を出た。
「某は、ちょっと偵察にいこうかの。あ、アンネリーサ殿の退社とアパートの退去の手続きは、チーターが済ませておくとのことじゃ。しからば。」
そう言うと背後のカワウソは風のように消えた。