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恋愛キャンセル界隈に元勇者は無用(もちろん使役獣も)  作者: 紅かおるこ(ハノーバー)
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3 『元勇者』は 職場に、居る


『あ~、よく寝た………。』

今朝、そう独り言をつぶやきながら目を覚ましたら「アンネリーサ殿、朝食用の魚は無いのかの?」と、カワウソがのぞきこんだ。


絶叫しなかった自分を誉めてもらいたい。

壁の薄い安アパートで朝の六時に叫んだりしたらきっと近所の人に警察を呼ばれてしまう。

昨日のが夢でないのだとしたら、このカワウソを送り込んだ『(あるじ)』というのがいるはずだ。

とっさに、昨日このカワウソが窓の外の何かを攻撃したことを思い出した。

冷や汗をかきながら、私は窓辺に飛びよってカーテンを開けた。

ピ~ッチュルン!鳴きながら、私が驚かせたことに抗議するように青い鳥がパタタ!とホバリングした。

「よかった…。てっきりカワウソに攻撃されたのかと思った…。おはよう、ピッチュルン…」

ピッチュルンが無事でホッとした。

後ろでカワウソが「フム…実に興味深い」と言った。


「……てゆーか!何あなた!」

私は怒りをあらわにしてカワウソに振り返った。

「缶詰でも大いに結構なのじゃが?」

「缶詰も魚もないわ!パンの耳しか!てか、あなたの主って、誰なの!?何が目的でウチに居るのよ!?」

「誰って、アンネリーサ殿が一番良く知っておろう?…パンは…嫌いではないが…。」

「…ひょっとしてFuga(フーガ)のこと言ってるの?あれは架空の話よ?あなただって架空の生き物なんだから。こんなところに居るはずないのよ?私、とうとう働きすぎて本当に頭がヤラれちゃった?てか朝ゴハンは主とやらのところで帰って食べて!」

「とんでもない。勇者()()()殿は確かに存在するぞい。見事、魔王を倒し、その報奨を全て辞退して()()()() 世界に戻られたのじゃ。まぁ、つまり今は『()・勇者』じゃの。それがしは、その崇高な精神に惚れ込み…」

「そもそもそんな設定にしてないから!あっちで姫と結婚してハッピーエンドだったでしょう!?次期女王の王配なわけよね!?その前には貴族位も領地ももらったよね!?」

「だから、それら全てを辞退したと言っておろうが!愛するお主の元に戻ると言って!」

「愛するぅうう!?知らん知らん!!絶対知らん!愛するとか恋するとか、私の界隈には存在しないワードだから!小説の中でしかフーガなんて知り合いいないし!」

「そんなはずはないぞぅ?昨日もここに来る前、帰ってきた主からお主の話を聞いたんじゃから。間違いない。」

「私は昨日も朝の7時から24時まで会社に居たんですよ!?私の何の話を……」

気がついたかの?という顔で、目をキュルンキュルンさせたカワウソが私を見る。

「職場に…居るの…?」


一人だけ思い当たる人物が頭に浮かんだ。

()()「フーガ」とは、似ても似つかない人物だけど。


*   *   *


大手出版社の下請けの下請け、つまり孫請けの超ブラックな職場、Geef企画。

何百とある業務を社員数たった15名で回している。

実質、実働部隊は半数で残りの半数は経理や調査員(サーチャー)などの後方支援だ。


いつも期限ギリギリで必要素材を回され、連日終電か泊まり込みで仕上げる分厚い通販雑誌に広告掲載ばっかりの無料配布リーフレット。

顧客に指定された期限までに各雑誌・冊子の全ての体裁を整えるまでの地獄のラリーが永遠のように続く毎日だ。

怒鳴って命令するしか脳のないボス、弁理士の小枝 恵(こえだ めぐむ)、通称:肥溜め(コエダメ)に怒鳴られ、全く使えない今時の後輩、草田実寛(くさだ さねひろ)、通称:腐ったミカンの尻拭いをさせられる日々。


辞めてやる、辞めてやると思いつつ辞められないのは、ここが就職氷河期に中卒の私が就職できた唯一無二の職場だから。

交通遺児で両親が子供の頃に他界した孤児院育ちの私に頼れる身内はいない。

何より、この会社を紹介してくれたのはたった一人の友人であり恩人でもある詩亜姉ちゃんだもの。

無責任に辞めたりして迷惑はかけられない。

ある程度お金がたまって次の職場を探すまでは、辞めるわけにはいかないのだ。

こんなところでも一応社会保険だし交通費も出るし、ボーナスもある。

…たまに、『現物支給だ』って言ってカタログギフトの冊子をペロ~ンと一冊渡されるだけの時だってあるけど。

というか、十六才の夏から働いて三年間の夏と冬。

十九才になる今年で今まで六回もらったボーナスのうち四回はカタログだったけど…。

それでも、その中から日持ちのしそうな食品を選んで貰えば、ずいぶん長いこと食いつなぐことができる。


さて。

本題の「カワウソの(あるじ)」なのだけど。

その職場で同じフロアを共有する隣のチームに居る、ある人物に思い至った。



視線を感じて、そちらを振り向いたら必ずその人が居る。

自意識過剰なのでは、と、自分に何度も言い聞かせてきた。

いつも髪がボサボサで、黒のセルフレームの瓶底メガネをかけ、猫背でずっとPCに向かっている。

私が所属しているのが製本チームなら、その人、藤井風雅(かぜまさ)氏が所属しているのは調査チーム。

主な業務はGeefで作る雑誌に掲載された商品が他社の商品の商標権を侵害していないかの調査だが、市場に簡単なアンケートをとったり、製本に必要な情報を収集したり。

要は会社の情報屋だ。

先月からGeefに派遣社員として在籍している彼はいつも五時にキッチリ仕事を終えて帰る。

サボっているわけではなく、担当の業務を完璧に終えて。

彼は都内の有名大学の大学院に在籍しながら本社でもインターンとして働いていて、今回はそこから「派遣社員」として直接派遣されている。

なんでこんな会社に派遣されてきたのかさっぱりわからない謎の人物だ。

草田実寛(クサッタミカン)が仕入れてきた噂によると、本社からウチの就労状況を探るためのスパイだとか言われているらしい。

コエダメが彼には物腰柔らかく丁寧に話す様子からして、的はずれということもなさそうだ。


私は今日、確信した。

自意識過剰なんかじゃない。

自分のPCに向き合ったまま鏡を使って確認した。

彼は、モッサリと長く伸ばした前髪の隙間から、じっと、私を見ているのだ(ゾゾゾゾゾ…)。


『昼休み、ちょっと話せますか?』

私はその人物、藤井風雅のデスクに、通りがけにペタリと付箋をはりつけた。

藤井がビクッと反応する。

席に戻って彼の顔を見たら、こちらを向いて、グギギ、と頷いた。


「…あ~………」と天をあおぎながら、彼はガシガシと頭を掻いた。

その時の彼の猟奇的な様子に、背中をゾクリと悪寒が走った。


ファーストコンタクトで、本能的に思ってしまった。

できたら一生、関わりたくない部類の人物だって。

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