エピローグ
【理沙視点】
ジャズカフェ『ムーン・リヴァー』にて。
『帰還祝いだ』といって買ってもらった最新のe-padのキーボードをパタパタとたたきながら風雅が来るのを待つ。
待ち合わせにはまだ30分ほど時間がある。
帰還したのは風雅なんだから、私がお祝いをもらうのはおかしいって言ったんだけど。
「理沙の喜びが俺の一番の喜びだから」って。
風雅の激甘彼氏化がすごい。
厨房から「アホかお前は!コゲとるやろが!」バシィッ!
という声と音が聞こえる。
調理師の根津美さんが新人をしごいているのだ。
マスターが『最近失業したヤツが泣きついてきたんで雇いましてん。クサッタミカンみたいな名前のヤツで、昔なじみのよしみやねんけど、全く使いもんにならんから当分は根津美にシバかれながら勉強や』と言っていた。
コトン、と私の前につやつやしたチョコ色のドーム型のケーキが置かれた。
見るとマスターが給仕していた。
茶色い円形のケーキにはキュルンとした目と、丸いお耳。
(オッターリンそっくり……。)
「新作やし、味見してもらえへんか?もちろんお代はサービスや。」
マスターが厳つい見た目と声で言った。
「え!いいんですか!やった!超ラッキー!」
「これもサービス。」
そう言って、私の大好きな「みっくちゅじゅーちゅ」という名のミックスジュースも置いた。
「ありがとう~!では遠慮なく。」
ザックリと目玉の部分を切り取って口に入れたら「ギャー!!なんと無惨な!!」という声が頭の片隅に響いた。
(オッターリンめ。どこかから私をのぞいてるわね?)
つややかなチョコケーキの中は、ふんわりしたミルクココア色のチョコムース。
中には洋酒を染み込ませたスポンジとレーズンとナッツが入っている。
「ん~!高級店の味……!すごいね。マスターって、プロのパティシエだったの?」
風雅のおかげで最近私も味わえるようになった、高級店の味に全くひけをとらない味だ。
「すごい誉め言葉やな。菓子作りが趣味なだけのオッサンや。お、オーナーが来たわ。」
カラン、とドアベルを鳴らして風雅が店内に入ってきた。
「え?もう来たの?待ち合わせよりだいぶ早いんだけど。」
「ワシとちょっとメニューのことやら打ち合わせすることあるよってにな。それ食べてちょっと待っとって。」
「あ、私はポチポチしてるし全然気にしないで。」
そう言って私がキーボードをパチパチする仕草をすると、入ってきた風雅がヒラヒラと手をふって唇で「あとで」と言った。
私もヒラヒラと手をふりかえして、コクコクと頷いた。
***
【風雅視点】
「良かったな、オーナー。理沙ちゃん、ちゃんと思い出したんやな。」
「うん。マジで嬉しい。」
二十年以上前に流行ったドラゴンを討伐する物語で勇者をやってたオーナーは、当時のままのスキルをこの世界に帰ってきてからも使える。
俺は使えるようになるまですごい苦労したのに、普通に全部使えるそうだ。
俺にはこっちでは使えないスキルがまだまだあるってのにズルイぞ。
奥の厨房で、指先から出した熱線で菓子に細工をしたり、パンを膨らませるのにスキルを使ってるなんて、誰も想像だにしないだろうけど。
働いてるヤツらもごく普通の人間に見えるけど実は中身は異世界の獣人だ。
そんなオーナーは人のステータスやオーラが見えるのと、あと、スキルの件でもわかるようにこの世界の法則が一部通用しないらしい。
「ここんとこびっくりすることばっかりや。オーナーはある日突然HPやらステータスやら上がりまくって、なんやワケわからんスキルいっぱいもっとるし。理沙ちゃんはオーナーのこと完全に忘れて別の人生歩んどったゆーし。店の中は前から変わっとらんのに、いったいどのタイミングでそんなことになったんやか。俺の生活なんかお構い無しに、時間が1年たったり1年戻ったり。わけわからん!ワシは今、何歳やねん!」
「マスターも経験あるだろ?」
「おお。ワシはあっちに3年行って、帰ってきたら1週間しかたってのぅて。せやけど、会社一週間も無断欠勤した上に風貌がメチャメチャ変わってしもたからなぁ。気味わるがられて、会社は即効クビになるしで……。ほんで知り合いのおらんこっちに出てきたんやけどな。オーナーに拾てもろて、ほんま助かったわ。」
「まぁ、俺がマスターに出会ったときは異世界なんか信じてなかったけどな。まさかマスターがあの有名な物語の勇者だったとは!」
マスターが正体を明かしてくれたのは俺が異世界から帰還したあとだ。
俺の戦闘能力やらが増えすぎてて、すぐに気がついたんだとか。
「んで、オーナーは自作のゲームの中に飛んどった、っちゅー話でしたな。」
「そ。1年ほどね。でも、俺が戻ってきたのが2年前の世界だから…こっちじゃおれ自身の時間は実質3年たってることになるのかな?」
「こんがらがるなぁ~。まぁ、なにせ理沙ちゃんが無事でよかったわ。あの、真っクロ女と一緒に店に入ってきたときは肝が冷えたでぇ……。」
「マスターが教えてくれたおかげで確証がとれた。助かったよ。」
「お役にたてたんやったらよかったわ。あの場で捻り潰しといたほうがええんか迷たんやけど、なにせ見た目は可愛らしい女の子の皮かぶっとるやろ?理沙ちゃんとも仲良さそうにしとるし、下手に手ぇだして理沙ちゃんに嫌われたらイヤやしなぁ……。」
羽鳥は、まさかジャズカフェのマスターが元勇者だなんて、思いもしなかったんだろうな。
理沙が無事だったのはマスター様々だ。
一生頭があがらない。
俺の皮をかぶって理沙に接近していた人物まで羽鳥だったとは驚きだったけどな。
よほど自分の変装に自信があったんだろう。
行動のすべてが自意識過剰で、俺の大嫌いなタイプだ。
マスターと新作メニューの相談をいくつかして、俺は理沙の向かいに腰をおろした。
理沙は思案にくれるような不思議な表情をしている。
集中してて俺が来たことに気づいてない。
「どうした?話の展開に行き詰まってんのか?」
ハッと目がさめたように理沙が顔をあげた。
「あ、風雅。違うの。このね、ドラフトのところに、書いた覚えのない話があるの。ビースタリオード王国物語の番外編?みたいなのかな……。大筋は変わら無いんだけど…」
「どれ?」
俺は理沙のとなりに移動して画面に写されたストーリーに目を走らせた。
あの、物語だ。
「『パトリシア』って聖女が出てくるんだけどね。なんか、自信満々すぎて私が苦手な感じのキャラなんだけど、なんでこんなのが出てくるのわざわざ書いたんだろう?書いた記憶、全くないんだけど…酔っぱらってたのかなぁ……。」
「う~ん。記憶がないなら、酔っぱらってたんだろうな?きっと。」
「う~ん。そんなに酔っぱらうほど飲んだことあったかなぁ。でもさ、よくよく読んだらかわいそうなんだよね。この聖女、お得意の『収納』のスキルを応用して、出口のない四次元空間に魔王を閉じ込めたんだけど。功労者なのに、全く思い通りのごほうびがもらえなかったの。勇者のことが好きだったのに、勇者はお姫様にぞっこんでさ。それで、お姫様に嫉妬して、殺そうとして、追放されるんだけど……。確かに性格はめちゃくちゃ悪いんだけど、世界のためにものすごく役にたったのに、あんまりじゃない?ちょっと書き換えて、この人もハッピーエンドにしてあげようかな…。」
理沙が柔らかな頬にムニュリと頬杖をついた。
「あ~…。俺はこのままのほうが好きだな。」
「え?なんで?」
「悪役がいたほうが、物語のスパイスになっていいと思う。全員善人のホッコリする物語は、前作でもう書いたろう?んで、ゲームのほうも動物キャラでほっこりしてるし。このまま出版しようよ。ビースタリオード王国物語アナザーストーリーとかっつってさ。 」
「そうかな~…?」
「そうだよ。姉貴もきっと、同じこというと思うぞ。」
(姉貴にもそう言えって根回ししないとな……。)
「編集長がいうなら、そうなんだろうなぁ…。」
「……なぁんで俺のいうことは疑うのに、姉貴のいうことは『そうなんだろうなぁ』なんだよ。」
「やだ、もう~。すねないでよ~。」
理沙がクスクス笑う。
「すねてねぇよ。」
理沙が笑うのがかわいいから、おれはわざとふてくされているふりを続けた。
「俺はもっと酷い目に逢わせたいな。四次元空間に居る魔王になぶられて暮らしたらいいじゃん。」
「え~?風雅ったら、聖女様を目の敵にしすぎー!」
(何が聖女だ!こいつのせいで俺はしなくてもいい苦労させられた上に恋人も自分も一回殺されたんだっての!)
【再び、理沙視点】
目の前の席にボン!とオッターリンが現れた。
「いぃつまで待たせるのかの!貴殿らが食べるのをおすそわけとやらで分けてもらおうと、ずーっと息を潜めて待ってたというに!!」
「ちょっ……!?」
っと待ってよ、何してるの!?といいかけて止まる。
一般の人々にはオッターリンは見えないんだった。
私が空の席に向かって不自然に騒ぐほう世間的にはよほど怪しい。
「ご注文は。」
オサルのおばさんは、明らかにオッターリンを見ている。
「あの、壁に張ってある、それがしみたいなのをくれぃ!」
「ああ。ガトー・オッターでございますね?」
「それそれ。それじゃ。」
「あ…あの…。」
私はオサルのオバサンに声をかけた。
「み………見え……?」
「え?…あ、ああ。」
オサルオバサンは少しかがんで私の耳元にささやいた。
「理沙様、ご挨拶がまだでしたっけ?私ですよ。門木です。」
「門木……って、あの、風雅んちの作りおきをつくってくれてる家政婦さんの!?」
「そうです。私も、チータリア…じゃなくて、知多さんと同じで主にくっついてきたクチでして。あ、私の主は風雅さんじゃないんですけどね?今は人化している状態となります。」
「出身は違うがの。この世界の者ではないということじゃ。」
勝手に人のみっくちゅじゅーちゅのさくらんぼを食べながらオッターリンが言った。
(楽しみにとっておいたのに。コイツ、あとで覚えてなさいよ……。)
「そ、そ、そ~~なんだぁ……。…ねぇ、ちなみにさ、オッターリンも人化できるの?」
「…………」
オッターリンが虫けらを見るような目で私を見た。
キョロ、と周りを見回すと、さっきまで一人だけ居たお客さんがお支払いを終えてドアから出ていくところだった。
ボン!!と目の前のカワウソが変身した。
巨大な、ガチマッチョの、髭面のオッサンに。
「だぁ~れに言うとるのかの。まったく。」
私は外れたアゴがガコンと机につくかと思った。
「ぎ……ぎゃ…ひっ……え……!?」
「ぷっ……理沙!!なんだその顔!!ぎゃっはっはっは!!」
私の顔を見て風雅が腹をかかえて笑いだした。
ボン!!とまた、オッターリンがカワウソに戻った。
「こぉんな子供でも使えるスキルを、『できるの?』とは。失礼きわまりない。全く自覚がなさすぎるのぅ。それがしを歴代最高の『大』がつく賢者としたのは、創造主殿自身ではござらんか。まったくもぅ……」
ブツクサ言っているうちに門木さんが『ガトー・オッター』を運んできて、オッターリンの機嫌はすっかり直った。
「さ、理沙。行くぞ。」
「……え…。」
「デート!」
「えっ!あっ、はいっ!!」
「それがしはまだ食べ始めたばかりじゃぞい!」
「なんでテメェはデートにまでくっついてくるつもりなんだよっ!一人でソレ食ってろ!」
「なんと冷たい言いぐさ!!」
「大賢者どの…馬族に蹴られて死にますよ。」
「ナイス、モンキー。こいつ、見張っててね。」
「御意。」
私の周りには、カワウソも、チーターも、お猿も居る。
側には元勇者も。
恋愛は、もうキャンセルしない。
初なろう。
慣れなくて変なお話になってしまいました…。
拙い作品をお時間を割いて読んでくださっためちゃくちゃ希少なお方、心から感謝いたします。
あなた様がいらしたので、なんとかラストまで書き上げることができましたm(_ _)m
ありがとうございました!




