回想7 勇者のためらい
すぐには理沙に会いに行かないと言った俺に、
「はぁ!?会いに行かん!?なぜじゃ!?この、理沙とかいう婦女子に会うために、貴殿は危険を犯して帰ってきたのであろうが!?」
オッターリンが叫んでいる。
「だって今の理沙が俺の知ってる理沙だって保証はないだろう?俺たちはここではまだ出会ってさえないんだ。そもそも、前だって1年かかってやっと落としたんだぞ!?いきなり現れて何ていうんだよ!?『君は殺されるから俺が守ってあげる』って?正気かって警察呼ばれるよ。その時点で彼女ともう1回やりなおす可能性は完全に消え去るだろうしな!」
「だったら何をしに帰ってきたのじゃ!」
「だから、とにかく理沙を救いにだよ!現にこうして怪しさ全開の奴が理沙のすぐ側にいるじゃないか!帰ってきて良かったってもんだ!」
「っか〜〜〜!まどろっこしいのぉお!」
「とにかくコイツの正体をつきとめるのが先だ!」
俺モドキの謎の男の正体を水盆で追いながら突き止めようと思ったのだが、俺モドキが退社するといつも水盆の画像が乱れて見失う。
実際にあとをつけようと会社の前で張り込みをしたこともあるんだけど、退社ボタンを押したあとは煙みたいに消えてしまって行方がたどれなかった。
その一方で俺モドキは理沙からは一定の距離をとっていて近づこうとする気配がなかった。
だが、その視線が頻繁に理沙を追っているのは確かだった。
…そうこうしているうちに、オッターリンがしびれを切らして理沙のところに行ってしまったわけなんだけど。
理沙を囲い混むのに下手をしたら警察沙汰になってもおかしくないほど強引すぎる自覚はあった。
嫌われるのも覚悟の上だった。
俺モドキもこちらの存在に気づいたからか動き出したようだし(それもこれもオッターリンのせいだけど)、理沙から目を離すわけにはいかない。
モドキは終業後に理沙をある場所に誘導した。
幸い、理沙がそこにたどり着く前にオッターリンの術でこちらに引き込むことができた。
俺はその場所になにか手がかりがないかと調べに行ったところ、貸倉庫が立ち並ぶ、いかにも前回みたいなシチュエーションが起こりそうな場所だった。
久しぶりの理沙との生活は、嬉しくて涙が出そうになるのを耐えるのが大変だった。
『金持ちの道楽につきあっている暇はないんですよ』
『恋愛キャンセル界隈』
『私みたいなの』
どれも突き放すような言葉だったり、自分を卑下するマイナスな言葉なんだけど、
ああ、前の理沙も最初は一言一句違わず同じことをいっていたなぁ、なんて思うと嬉しさしかなかった。
見た目も関係性も前とは違うけど、この子は間違いなく、俺が大好きな理沙なんだと信じられた。
もう時間がないから、俺モドキに姿を見られることを覚悟でオッターリンが会社に出現した。
が、その日は俺モドキが休みをとっていた。
草田とかいう男がオッターリンを見て騒ぎ出し「頭がおかしいから休んだ方がいい」と医務室に連行されていた。
あの男は紛らわしかったが、結局なんだったんだろうか。
どこに行った…俺モドキ……。
ギリッと歯軋りしたとき、スマホが鳴った。
マスターからだった。
「ボン!ボンか!?えらいこっちゃで!」
「そのボンってのやめてって…」
「そんなんゆーてる場合ちゃう!」
「…なにがあった?」
「理沙ちゃんて、ボンの彼女、今ここに来てるんや。」
「はぁ!?ったく!出歩くなって言っといたのに!で!?俺そっくりのヤツと居るのか!?」
俺の背中をヒヤリと冷たい汗が伝う。
マスターはステータスが見えるから、俺そっくりの俺じゃないやつがいたら気づくはずだ。
「ちゃう。女の子や。知り合いらしき女の子といてるんやけど…」
「…女の子?」
そういえば、前の理沙も一人だけ自分のことを気にかけてくれる姉のように慕う人が居ると言ってた。
付き合いはじめてから『私みたいなのが彼氏だなんて…はずかしいけど紹介しないわけには……』とマゴマゴしていて結局会わせてもらったことはなかったんだけど。
「せやけどあれは、女の子ちゃうな。いや、女か男かしらんけど、あれはヤバイ。少なくとも、人間ではない。」
「人間じゃなかったら何なんだよ!?」
「知るかいな!せやけど、禍々しいオーラが半端やない。アレが店にいてるだけで、なんや胸悪ぅなってムカムカしてきたわ。『詩亜姉ちゃん』て、呼んどるわ。ボン、知ってる子か?あ、帰るみたいやで!」
「マスター!頼む!追いかけてくれ!」
「はぁ!?店どないしまんねん!まだ他の客がいてまんのやで!?」
「そこをなんとか…」
「とりあず根津実にあとつけさせますわ。根津実の気配はわかりますやろ?それ追って、すぐ行きなはれ!」
「わかった!」
根津実はマスターの使い魔のハムスターだ。
人化するといかつい女子高生みたいなのだが、人化を解くと手のひらサイズのハムスターになる。
細々とした雑用は得意だが戦闘力はほとんどなく、理沙が攻撃を受けたら庇える力はない。
俺は根津実のあとを急いで追った。
『詩亜』という名前が記憶の片隅にひっかかった。
理沙から聞いたのとは別の記憶。
そうだ…ボルダリング部に入っていると言ってた…『詩亜』。
羽鳥詩亜だと、記憶が繋がった瞬間、俺は結界がかかって開かないタワマンの地下駐車表の扉を力で吹き飛ばしていた。
理沙が地面に押さえつけられている光景が目に入り、理沙の背中に刃物が刺さっていたあのシーンがフラッシュバックした。
全身の血が煮えたぎるような怒りで、あの女、羽鳥を吹き飛ばした。
そしてまぁ、今に至るというわけだ。
***
「チータリア、お前は呼ぶまで引っ込んでろよ。」
「うううっ……うううう……創造主っ…様はっ……私の…何がっ…ううっ。オッターリンどののことはっ……あっさり……受けっ…いれっ…」
「別に嫌いとかじゃネェから!あんな、普通は家に突然猛獣がいたりしたら、ぶったまげるもんなんだって。」
「わたくしは猛獣ではございません!!」
チータリアが叫ぶ。
「うるさいって!本当に嫌われたくなかったら、俺が事情を説明するまでひっこんでろ!!いいな!?マジで嫌われるからな!!」
「あんまりですぅうう!!よりによって『虎』だなんて!!私をあんなずんぐりむっくりのパンツの柄に選ばれて喜んでいるようなオッサン生物と一緒にするだなんて!!」
「ああもう…やかましいのぅ……。」
号泣するチータリアの尻の部分を、オッターリンが片手でヒョイと持ち上げ、チータリアは丸まってオイオイと泣いたままオッターリンとどこかに消えていった。
たぶん第七ステージあたりにひっこんだんだろう。
「う~ん……。」
「理沙?気がついたか?」
「はっ!!と、と、虎が!!」
理沙が飛び起きた。
「あ~、虎じゃねえし、とりあえず今はいないから大丈夫。」
理沙が横に座っているおれの顔を見て、ホッと安堵の息を吐いた。
「虎じゃ…ない…。」
「コーヒー淹れるから、落ち着いておれの話聞いてくれる?」
「うん……。」
ポカンと呆けたままの理沙にコーヒーを持ってきて、俺は一語り部のように一連の出来事を話して聞かせた。
次回から本編に戻ります。
今日もお読みくださってありがとうございましたm(_ _)m




