回想5 魔王の消滅
三つの天体の輪郭が消え、星だけがまたたく暗い夜空になった。
「始まった。オッターリン、結界準備たのむ。」
「了解じゃ。」
フォン…と風ほどの小さな音で、半径一キロ圏内に魔王の攻撃さえも吸収する強固な結界が張られる。
この小さなカワウソ…って言ったら怒られるけど、地球で生まれ育った俺から見たらどう見ても「黄緑のチョッキを着た二足歩行のカワウソ」が、齢500を越えるこの国の大神官だっていうんだから笑える。
俺に惚れ込んで、使役獣のように使ってくれてもかわまん!というけど(使役獣って結局獣なのかよ?)大賢者相手にそんなことができるほど図太い神経は持ち合わせていない。
実力的にはどう考えても俺ほうが使役されるべきレベルで、俺はこのカワウソを非常に尊敬している。
俺がこうして、魔王を仕留める最終段階まで極めてスムーズに進んでこれたのは、「このゲームのストーリーを知っている」からにすぎないからで、そして俺が身に付けている数々の能力も、どうしたらその能力が手に入るか、「知っていた」からにすぎないからなのだから。
ここはビースタリオード王国の公営の公園。
休日になれば家族や恋人同士がピクニックや川遊びで賑わう場所。
その地に立つ平和の象徴である女神像。
まさかその足元に、魔王の心臓があるなんて、この物語を知っている俺でなければ誰が知りうるだろう。
ゲームのプレイヤーであるならば、数々のイベントを攻略し、数多の知恵者との取引を繰り返し、ファイナルステージでようやく辿り着ける秘密だ。
原作の物語に沿って、原作者と相談しながらこのゲームを製作した俺だからこそ、知っている
腰からオリハルコンを塗布したミスリル制の剣をスラリと抜いた。
鞘と剣が擦れるとチラチラと光が舞う。
「勇者の剣」だ。
美しい、俺の剣。
オッターリンがゴクリと唾をのみこみながら頷いた。
「€#+¡·&℉†£※$!!∑∃∇Μ」
俺は呪文を唱える。
これもまた理沙と「どうやったら滅びの呪文らしく聞こえるか」と夜通し相談して決めた呪文だ。
石でできた箱の上部が、まるで柔らかな紙でできているかのようにヒラリと開いた。
俺は迷うことなく、その心臓に、勇者の剣を突き立てた。
その瞬間、耳をつんざく轟音と地響きが起こった。
魔王が断末魔をあげ、貫いた心臓からどす黒い瘴気が立っていられないほどの風の渦とともに吹き出す。
弱い生き物はこれを吸い込んだだけで死んでしまう場合もあるから、外に漏らさないためにオッターリンに結界を張ってもらったのだ。
「オッターリン!!大丈夫か!」
「なんの……これしきぃ……!」
振り向くと俺のバックパックにオッターリンが旗のようにそよいでいる。
「待ってろ!すぐ終わらせる!」
「静まれ!大地!サデイション!!」
俺の叫びとともに、光の渦が起こり、黒い風の渦をのみこみながら最後はキラキラと光るそよ風になっておさまった。
「終わった……。」
「本当に…終わったのぉ…。」
オッターリンも俺も、しばらく呆けていた。
「まさか本当に終わらせるとは……本来ならば何年もかかる『神器の収集』を一年にも満たず成し遂げ、魔王の副官達もあっという間に葬り去ってしまわれた。瘴気におおわれていた王国の辺境地域もすでに復興が始まっておる。本当に、なんと礼を申し上げたら良いものか……」
オッターリンも魔王のとの戦いの永遠の終焉を噛み締めているようたった。
「何度も言っただろ。この世界の仕組みは俺が考案した『ゲーム』に酷似している、というより全く同じだ。最初から全部知ってるんだから当然なんだよ。」
「その『げぇむ』なるものは何度聞いてもよぅわからんが、それがしにはむしろ、勇者どのが勇者どのどころではなく、この世界の創造主様なのじゃとしか思えん。いや、こりゃ、それがしだけではなく、ずいぶん前から国王陛下含め、重鎮たちも考えておることじゃ。なにせ勇者どのなくしては…」
「創造主って、神だろ?そんな大層なもんなワケないって。そういうのは別に居るよ。俺をここへ飛ばした人物とか、俺の…」
「おっ!勇者どの!あれは!」
女神像の足元にある小さな台が光りだした。
「…門だ…。」
光に包まれ、門が立ち上がる。
「やった……!帰れる……!理沙のところへ!!帰れる!!」
俺は喜びで震えながら立ち尽くした。
絞り出すように言いながら心臓が入っていた石匱を見ると巨大な魔石が入っていた。
これがいわば、ゲートの鍵だ。
「本当に、帰ってしまわれるのかの…?」
オッターリンは名残惜しそうだ。
「ああ。絶対に帰ると、ここに来た日に自分に誓った。理沙が…俺の大切な人が危ない。あの子を殺したのが誰なのか、まだわからない。俺がいなくなって、あの子が殺される可能性がゼロになったわけじゃない。時間が戻ってあの子が生きてるんだ。今度こそ絶対に助けたい。」
「ならばそれがしも、微力ながら力をお貸ししましょうぞ。」
「力をって…いや、オッターリンはあっちには帰れないぞ?」
こんな二足歩行のしゃべるカワウソが現れたら、地球は大パニックだ。
「心配にはおよばん。勇者殿が帰る層と、こことの間にある、別の層にまでしかついていかんゆえ。」
「別の層?なんのことだ?言ってる意味がわからないんだが…」
「魔王を滅ぼせば異世界へのゲートが開き、あちらとの行き来が可能になる。が、機能はそれだけではない。」
「俺はそんな設定作ってないけど……?」
「良いか、勇者どの。某が古より受け継いだ大いなる叡知によると、ここから異世界へは階層ーがいくつかある。それぞれの境目にをくぐったとき、別の世界にたどり着くわけなのじゃが、それがしはその境目の少し手前ぐらいから勇者どのを見守ろうという算段じゃ。」
「…結局、聞いてもよくわからないんだが…」
「まぁいい。百聞は一見にしかずじゃ。とにかくそれがしはついていくぞぃ!」
「ちょっ…まっ…心の準備ってもんが…うわぁああ!!」
「帰るっちゅったら、帰るんじゃろうがぁ!」
「待てって!せめてこっちがわのゲートしめとかねぇと…」
「勇者どのぉ~!我々もご一緒申し上げますぅ~!」
「うわぁあ!門閉めねぇで来ちゃったから、チーターまでついてきちゃったじゃねぇか!」
「意外と細かいことを気にするタイプじゃのぉ~勇者どのはぁ~!」
「ぜんっつぜん、細かくねぇから!!!」
ヒュルヒュルと、俺らはゲートの光の中を飛んでいく。
落ちていくと言ったほうが近いかもしれない。
途中にいくつか、ビースタリオードに似た風景の国、中世風の人間が居る風景などが過ぎ去っていく。
やがて、突き当たりの層にビルと車が見え始めた。
「アレじゃな。勇者殿は、そこの境界をくぐると良い。それがしは、ここで。」
「オッターリン達は来ねぇの?いや、来られても困るけど…」
「ゴチャゴチャいうとらんと、ハヨぅ!」
「うわっ!」
ドン!と背中を押され、俺はここに帰ってきた。




