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恋愛キャンセル界隈に元勇者は無用(もちろん使役獣も)  作者: 紅かおるこ(ハノーバー)
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回想2 出会いの続き


予想に反して、理沙からはすぐに返事が来た。

『私こそ、急に帰ってしまい大変失礼致しました。お詫びいただくようなことは何も起こらなかったと認識していますので、ご心配なさいませんように。今後ともよろしくお願い致します。』

そのあとに、「エヘヘ」という焦ったような表情のスタンプが送られてきた。


『素人作家の機嫌をちょっと損ねるくらい、どうってことないじゃないか』。

そう自分に言い聞かせようがないほどに、俺は焦っていた。

全然、どうってことなくなかった。

か弱い女の子の傷口に、塩を塗った、極悪人の気分だった。


(あの子、どんな生活をしてるんだろう……。)

家族はいないんだろうか。

それとも、病気の親を抱えてるとか?

それとも、のんだくれでどうしようもない親に虐待されてるとか?


ブカブカのジャケットの袖から出ていた、骨ばった手首を思い出す。

(そうだよ……あんなガリガリなの……おかしいだろうが。)


俺は理沙からあずかった契約書の住所を地図のアプリで調べ、理沙が住むアパートへ向かった。

興味本意なんかじゃない。

お金がないなら、有り余ってるんだから貸してやってもいい。

有給もとれないような仕事をしてるなら、俺の会社で雇ってやる。

偽善者の慈善事業と言われようとかまわない。

俺はあの子に興味を持った。

それだけで助けるのには充分だろう?


近くのコインパーキングに車をとめ、たどり着いた先で見たのは、驚愕の景色だった。

書籍化の契約書類に嘘の住所を書くわけはない。

一瞬、地図のGPSが狂ったのかと思った。

座標が示す先にあったのは……。

「……お化け屋敷かよ……。」

目の前の建物の惨状に呆然と立ち尽くしていると、背後に気配を感じで振り返った。

モヤシばっかりが入った小さなスーパーの袋をぶら下げた理沙が青い顔で立っていた。

「……何を…なさってるんですか?」

顔は青ざめ、手元が震えていて、でも顔に笑顔を張り付けている。

俺は言葉がでなかった。

改めて考えると、俺のしていることは非常に気持ちが悪いことだ。

個人情報を私用で利用して……完全にストーカーだ。

「……出版の話なんて、嘘なんですね。おかしいと思った。私なんかに、急にそんな幸運が舞い込むわけないですもんね。」

笑いながら、眉が寂しげに下がった。

「っ…!ちがう!」

「何が目的です?見ての通りお金はありませんから、騙されても一円も搾り取れませんよ。…まさか私自身を…」

笑顔から一転、怯えた顔に変わる。

「違うんだ!聞いてくれ!」

一歩前にでた俺に、怯えた理沙はジリッとあとずさった。

「ご、ごめん!危害を加えるつもりは全くない!こ、この通り!」

俺は両手をあげて、投降する犯人みたいなポーズをとった。

必死なのが伝わったのか、理沙は黙ってくれた。

顔色は相変わらず青いまま。

「本当に、お詫びしたかっただけなんです。さっきは完全に、俺の失言でした。申し訳なかったです。ごめんなさい。」

「……それは、大丈夫です。」

「もう怒っていませんか?」

「そもそも怒っていません。」

眉を下げたまま、理沙はフッと吹き出した。

「でも、怒って出ていったじゃないですか。」

「あれは、怒ったのではなく、自分が恥ずかしかったんですよ。」

「……服装が…ってことでしたら、そんなこと言う失礼な俺のほうがよほど恥ずべき人間だと思いますが。」

「……いえ…そうではなくですね。その…お恥ずかしながら、藤井さんとのお話が楽しかったんです。」

「…それが?」

俺はさっぱり、理沙の言おうとしていることがわからなかった。

「俺と話すのが楽しいことが、どうして恥ずかしいんです?」

「わかりませんよね?その…私みたいな貧乏人はね、生きるのに必死なんで、ときめいたりする暇も余力もありません。それなのに、分不相応に、あなたとの時間を楽しんでしまった。そのことに気がついて、我にかえったんです。」

「はぁ?誰も暇だからってときめいたりするわけじゃないでしょう。」

「暇というと語弊がありましたね。私が言いたいのは、生きる余裕のことです。…まぁ、そういうわけですので、お詫びいただく必要はありません。…わざわざお越しいただきましたが、ひとさまを招き入れられる状態の家ではありませんので、申し訳ありませんが失礼します。ではこれにて。」

ペコリとおじぎをして俺の前を迂回しながら通り過ぎようとする理沙を俺は必死で呼び止めた。

「まっ!まって!」

「…お仕事お話は今後も続けて戴けるのですよね?でしたら、あとはメールでよろしいのでは?」

カフェで楽しく会話をしていた時と違い、今は理沙と自分の間にそそり立つ壁のようなものを感じる。

「よ、よくないです。」

理沙の眉が疑問を呈してグニョリとまがった。


「えっと、とにかく、あなたの考えとは全くポイントがズレていると思いますが、とにかく俺の思っていることを言います!」

言いながら、俺は理沙の進む先に回って道をふさいだ。

理沙は明らかに動揺しているが、このさい無視だ。

「あなたがなんと言おうと俺は色々とお詫びするべきだ。まずは、そうだな、こんなストーカーみたいに気持ち悪いことしてごめん。」

俺はいつのまにか編集者と偽っていたことも忘れて、しゃべり方も素に戻っていた。

「俺は、見た目が割と派手で、チャラく見えるから好きでもないタイプの女性に言い寄られて困ることが多いんだ。だから、今日も女性が相手だからってわざとダサい格好できた。それで…その…安寧さんがよく見ると可愛かったもんだから…」

理沙はパチクリ、と不思議そうな顔をしてまばたきを数回した。

「お、お詫びの必要はないと言っているのですから、お世辞はもっと必要ありませんよ?」

「お世辞じゃない。真面目に言ってる。」

「は…はぁ。えっと…つまり、私がダサいのはオリジナルだけど、藤井さんは普段はもっと格好良いということが、おっしゃりたいのですか?」

「ちがう!!作家ならもっと文脈読んで!」

「わ、私は異世界文学作家なので、現実のほうはちょっと…よくわからないんですけど…真面目にそんな漫画みたいなことおっしゃってるんですか?女性避けにダサイ格好してるって?その…別に全然ダサくないんですけど?」

「俺にとっては超ダサイんだ!」

「はぁ…。」

何がいいたいのかさっぱりわからなさそうな理沙はパチクリ、とまばたきを数回して気のぬけた相づちをうった。

「まぁいい。とにかく、君は俺と話すこと自体は不快じゃなかったんだよな?楽しかったんだよな?なんならときめいたり?」

「だから、そういうのは身の丈に合わないと言っているじゃないですか。」

理沙の顔が赤くなった。

「恋愛キャンセル界隈に、異性との楽しい会話は無用なものの代表格です。」

「ほぅ。なるほど?」

俺はとりあえず理沙の話を聞こうと相づちをうった。

「私、傷ついていませんよ?…傷ついたというか…。先程も少しお伝えしましたが、正直にまるっとお話しますと、恥ずかしかったんです。…まぁ、この激貧ぶりを見られたんだし、もはや取り繕う必要ないですね。」

「取り繕う…?」

「分不相応にも、あなたを素敵な人だと思ってしまったんです。自分が()()()なことも忘れて。あなたの言葉で瞬時に我にかえって、恥ずかしくなってしまったんですよ。」

「お、俺を素敵だと思うことが何で分不相応なんですか?」

俺は腹の中に何か居るのかと思うぐらい、体の中がざわざわざわついた。

「自分が、そういう気持ちと無縁だと思ってたんで」


自分の頭の中で何かがバツン!とちぎれたような感じがした。

振りきるって、きっと、ああいうときの感じだ。


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