21 オッサンみたいな鳥が、居る。
風雅視点です。
***
「お前が眠らせたのか?」
俺は理沙の頭の上で一鳴きした蒼い鳥に言った。
鳥に言っても仕方ないか、と、思いながら。
「忘れるほうがエエこともあるやろ?」
オッサン声の関西弁に、俺は周囲を見回した。
「どこ見とんねん。ワイに聞いたんちゃうんかいな?」
俺はもう一度、鳥を見た。
「おっ……おま…、話せるのか!?」
「そら、そやろ。あんさんも知っとるやろ?『越境鳥』。てか、アンタが理沙と考えたんちゃうんかいな。」
「えっ…あの、時空を自由に行き来できるっていう……?アンタが!?」
「せや。」
「てか、つまり俺が最初に異世界に飛ばされたり、時間が戻ったりって……。」
鳥が羽先で自分の頬をつついた。
「まぁ…多分ワイのせい………」
「テメェ……!」
俺は鳥につかみかかった。
「わーっ!!ちょい待ってぇな!命を救うには仕方なかったんやってば!!ほんで、ワイかて死にかけてんし!」
「何がどうなってこうなってんだよ!いったい、どの話が一番先なんだ!?説明しろっ!!」
「せやから今からするがな!!とりあえず、理沙運んでくれるか?あんさんの部屋行こ。」
「言われなくても運ぶわっ!!テメェの理沙じゃねぇのにテメエが指図すんな!」
「うわぁ~……独占欲強いやっちゃな~。」
「うるせぇ!」
理沙を寝室に運び、俺は鳥の話を聞いた。
***
「理沙もあんさんも、ワイがゲーム番の登場キャラやと思とるみたいやけど、ちゃうで。」
「『勇者フーガの冒険』のエターナリーじゃないのか?」
「ん。最終的にはその名前で落ち着いたけどな。ワイは、10歳の時の理沙が書いた物語のキャラや。」
「10歳の?」
「せや。お父ちゃんとお母ちゃんが死んでしもたけど、死んだんやのーて、異世界に飛ばされただけやて、考えた物語や。」
【鳥の話】
事故に遇うた両親は、ファンタジ王国っちゅーとこに転生したんや。
そこで、お父ちゃんが「お金がたまったらやりたい」ゆーてた、定食屋を始めてな?
まぁ、たいした料理のない異世界やし、ココの食べもんは大はやりやったわけや。
ほんで、ある日ぃ罠に嵌まってしもた青い鳥を一羽助けるわけよ。
それがワイ。
ワイはお礼に何か願い事かなえたるっちゅーたわけ。
その時のワイは、ただの幸福の青い鳥でなぁ。
自分は時空を越えられるけど、ヒトをあっちゃこっちゃやる能力まではなかった。
あんさんがゲームでワイに付帯能力として付けた時やから、だいぶあとのことですわ。
まぁ、ほんで、理沙のオトンとオカンがこっちの残してきた娘が、ちゃんと暮らしてるかどうか気がかりちゅーもんやから、ワイはこっちに理沙の様子を見に来たっちゅーわけよ。
理沙はオモロイやっちゃから、ワイ、好っきでなぁ。
なにせ、ワイのこと創り出してくれたお人なわけやし。
誰に頼まれたわけでもないのにチョイチョイ見にきとったんですわ。
ほんで、出てきたんがあの女よ。
悪魔みたいな女やったなぁ!?アンタさんもそうおもうやろ!?
知ってのとおり、ワイには魂の色が見えるんやけども、魔王でも、あんなえげつない色しとらんわ。
まさに根性ババ色っちゅーやっちゃ。
せやけどワイにできることと言うたら他人さんを運べるようになったっちゅーても結局は時空の移動ぐらいでっしゃろ?
しかも、「笑かしてもらう」とか「エエことをしてもらう」とか、そういうのエネルギーがたまらんと発動でけへん。
まぁ、理沙用にには無条件で発動するみたいやけどな。作者チートてゆーやつか?
ほんで、出くわしたのが、一年前のあの事件や。
ワイはあの女の側でわめきたてたんやけど、攻撃力ときたら、ただの鳥やん?
バシッと払われただけで死にかけよ。
せやけど、意識を無くす寸前に、あんさんが飛び込んできて、理沙をかばって刺されて……
ワイはどないかせなと手当たり次第に何やかんや力を放出したとこまでは……覚えとんねん。
気ぃついたら、2年前に戻ってて、理沙はボロアパートから再スタートしとった。
ワイは、ご自慢の七色のシッポもホレ、今みたいに短ぉなってしもて。
理沙は全く笑わんようになってしもて。
あんさんと出会て、ちょっと笑うようになって、それでやっとワイのシッポがチョビチョビとのびはじめたっちゅーこってすわ。
あの女ぶっとばしたおかげさんで、またこんな感じやけど、まぁ、今回はすぐにのびまっしゃろ。
***
異世界から帰ってきた俺が言うのもなんだけど、鳥の話は漫画みたいな話だった。
「あの女ぶっ飛ばした、ってことは、羽鳥のあの状況はお前がやったんだな?結局、アイツはどうなったんだ?」
「さぁ、知らんわぁ。」
「知らんって…お前があのブラックホール開いたんだろ?」
「ワイがやったのは、あの女がおった階層とココをちょっと繋げただけや。あの女、豪胆ちゅーかなんちゅーか、よりによって魔王を騙くらかして(騙して)こっちへ帰ってきたんや。ほんで、魔王は可哀想に、ブラックホールに閉じ込められたままでな。」
「それなんだけど、羽鳥が言うには。羽鳥が居た階層にも俺や理沙が居たんだよな?」
「ああ、アレは似てるだけの別モンや。あんさんでも理沙でもないわ。『勇者Fugaとエストリアーダ姫』や。ほぼあん女の被害妄想や。」
「じゃあ理沙が書いた物語とは無関係なんだな?」
「いいや?あんさんが知らんだけで、理沙は、ちゃあんと、書いてるよ。」
鳥は意味深にフフンと笑った。
「『書いて』って…俺の知らない物語が…?」
「せや。本人も気づいてない物語がな。そこに書いてあるのは、魔王が聖女を取り戻すまで。その先は描かれてないから、ワイにはわからんっちゅーこっちゃ。」
「な…なるほど…。」
そのとき寝室から理沙の声が聞こえた。
「ん〜…?」
目が覚めたらしい。
「あ、それからな。」
「なんだ?」
「……たぶん理沙は、今回のこともチョビっと忘れる思うで。」
「それもお前がやったのか?」
「ちゃうちゃう。ワイに記憶を操作するような能力おまへんやろ?」
「じゃあなんでだよ?」
「ワイとあんさんは別次元から来た人間やけどな、あんさんは一回死んでるわけやし今は異世界人や。理沙はずっとココの人間やろ?まあ、その「異世界」の作者でもあるから、そこらの人間とは多少勝手がちがうやろけど、一応ここの記憶のルールに従うことになると思うねん。」
「……ややこしくて、よくわかんねぇ。」
「要は、あの女が、存在せんことになったやろ?せやし、色々と帳尻合わせるのに、記憶が変わっとるはずなんや。まぁ、話してみたらわかるわ。」
そう言うと鳥はパタタっと理沙が眠る寝室の開け放たれた扉から理沙のところに飛んでいった。
「あっ…。」
まだ聞きたいことがあったんだけど。
「ピュッチ~ピッチュル~ン♪」
「わ~!ピッチュルン。なんで居るのかしらないけど、私のこと追いかけてきてくれたの?急にアパートからいなくなってごめんね。ご飯はちゃんと食べてた?心配してたんだよ。冷蔵庫にフルーツがあったから、今から切ってあげるね!」
理沙が話す合間に、甘えるように鳥がピッチュピッチュと鳴く。
「……てか、理沙の前では普通の鳥ぶるつもりじゃねぇだろうな、このオッサン鳥が……。」
鳥を肩に寝室から出てきた理沙は「え?なんて?」と首をかしげた。
理沙の肩で鳥はピュチ?と首をかしげている。
「ピュチじゃねぇわ、このオッサン鳥。」
「もう!風雅ったら、ピッチュルンにひどいこと言わないで!…ねぇ?ぴっちゅるん。オッサンだなんて、ひどいねぇ~?」
「ピュッチピュッチ!」
「~~~~~~」
理沙の夢をこわさないように黙っておくほうがいいのだろうか。
理沙の思いでの青い鳥が、あんなコテコテの関西弁のオッサンしゃべりだなんて、黙っておくほうが良い気がした。
「ねぇ、今日、何月何日?私、なんで寝てたの?ずっと寝てたような気がするんだけど……なんか全身だるいんだけど、なんで?」
キッチンから理沙がたずねる。
きしくも今日は一年前、理沙が刺された日と同日だ。
「9月19日だよ。理沙、自転車を停めに行って貧血で倒れたんだよ。それで記憶が混濁してるんじゃないか?倒れたときに頭でもうったかな?あとで病院で診てもらおうな。」
「え~?そうなんだ…。なにも覚えてないや……。ま、いっか。はい、ピッチュルン。リンゴだよ~。」
「ピュッチ~。」
おい、ちょっと待てよ。
これからその鳥も一緒に暮らすのか?
なんて、言い出せなくて飲み込んだ俺だった。
俺にとってはあれから一年と少し、たってるんだよなぁ…。
無事に帰ってこれて、理沙を救えて、本当に良かったと思う。
「はい、風雅もリンゴ食べる?」
「おぅ。サンキュー。」
「あれ?ねぇ、なんか風雅、ボロボロじゃない?なんか、血みたいなのついてるよ?なにこれ…。なにしてきたの?」
理沙が不安そうな顔をした。
そういえば俺は、血まみれになった理沙を腕に抱いて、そのあと死神みたいなのと戦って、そのまま着替えてなかった。
人殺しでもしてきたんじゃと思われてるんじゃなかろうか。
ここは、信じてもらえないかもしれないけど、かいつまんで話せるところだけ話すしかないな。
「えっと…これは…。何から説明しようかな。」
そう言った横から。
「それがしも食べるぞい!」
俺の脇の下からオッターリンがひょっこり顔をだした。
「!?」
ビキリと理沙が固まる。
「ん?どうしたアンネリーサどの?まだ調子が戻らぬのかの?」
「か……か……かわ……うそ…?」
「だぁあから、カワウソではないとゆぅておろうがぁ。何度このネタをやれば気が済むのかの?それがしは……アンネリーサどの?」
理沙の尋常でない様子に気づいてオッターリンは一旦口をつぐんだ。
「創造主様ぁ!お着替えをお持ちしましたぁ~!」
知多がチーターのままで入ってきてしまった。
「ギャーーーーー!!虎ーーーー!!」
理沙が持っていたリンゴが刺さったフォークを放り投げて絶叫した。
「うわっ!理沙!!」
「アンネリーサどの!?」
「ピュッチー!!」
鳥が叫ぶと、また理沙が気を失った。
「あっ、てめぇ!オッサン鳥!また理沙を眠らせやがって!」
「誰がオッサン鳥や!こんな可愛らしい小鳥ちゃんつかまえて!」
「どこに可愛らしい小鳥ちゃんが居るんだよ!大丈夫なのかよ!?こんなしょっちゅう気絶させて、なにか副作用とか出ねぇのか!?」
「ワイが理沙にそんなアホなことするわけないやろ。とりあえず大ショック受けてたし、あんたらワチャワチャしとるし、ちょっと打ち合わせしたほうがええんとちゃうかとおもてな。」
「な…なるほど……。」
「あ…アンネリーサどのは、某のことを忘れてしもうたのかぁ……?」
キュルン、と、オッターリンが目を潤ませる。
「……ジジイが何かわいこぶってるんだ?」
俺がつっこむと
「それもそうじゃな。自己紹介用に、新しい蝶ネクタイにしようかの。」
そう言って、毎回ドコが違うのかわからない蝶ネクタイを交換しにどこかに消えた。
俺は気を失った理沙を再び寝室に運んでベッドに寝かせた。
眉間にシワが寄ったままだ。
俺は人差し指でクニクニとそのシワを伸ばした。
むふ……と、理沙の口角があがった。
気持ち良かったのだろう。
「さて…。どこから話すかな……。」
眠る理沙を前に、俺は二年前、(俺にとっては三年前)、初めて理沙と会った日のことを思い出していた。
次回からしばらく、風雅の過去の回想が続きます。




