20 腕の中に、居る。
懐かしい香りの胸に抱かれたら、それまで感じていなかった恐怖や悲しみや不安や、色んな感情が一変に押し寄せてきて体が勝手にガタガタと震えた。
「良かった…理沙…!」
そんな私の背中を、風雅が優しく撫でてくれる。
「私…前にも…。前は…風雅が…死んじゃって…」
バッと風雅の体がはなれ、両肩をつかまれ、顔を覗き込まれた。
「そういえば、本当に思い出したのか!?てか、前の記憶はこの世界の理沙にもあるのか!?」
「前の…なのかはわからないけど…最近時々夢を見てたの。今と全然違う格好の私が…風雅と…その…」
恋人同士なんて、こっ恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。
風雅の顔が見られない。
肩を掴む手が震えているのに気づき、顔をあげると風雅の両目から涙があふれていた。
「ふ、風雅…」
再び抱きしめられる。
風雅が顔を埋めた私の肩が、涙で湿ってくるのがわかる。
風雅の涙の理由を考えた。
命をかけて守りたかったほど愛していた恋人に忘れ去られるのは、どんな気持ちだろったろう。
時々、切なげに私を見ていた表情を思い出して、私の目にも涙がたっぷりと浮かんできた。
「ごめん…風雅…わたしっ…忘れてっ…」
「…理沙のせいじゃない…。また…初めから…惚れてもらえるよう努力すればいいって…自分に言い聞かせてた…。でも…やっぱり…思い出してくれて…嬉しい…。」
「うん……思い出せて…良かった。」
胸いっぱい風雅の香りを吸い込んで落ち着いたら、まるで夢をみていたかのような数分前の出来事が現実としてのしかかってきた。
「……ううっ……。」
今度は幸せの涙と別の、悲しみの涙が溢れだす。
嗚咽を耐えられず泣き出した私の背中を風雅は優しい手つきで撫でてくれた。
「大嫌い…だって…あの人……私のこと……大っ嫌い…だったん…だって…」
絞りだした声はとても小さくかすれてしまった。
この世でたった一人の身内のような存在と思っていた詩亜に、残酷な目に遭わせて殺したいとまで思われていた事実が、今になって私の心につきささった。
「………………俺は理沙が好きだ。誰より好きだ。大好きだ。」
打ちのめされるわたしに、ゆっくりと、噛んで含めるように、風雅が言い聞かせた。
「うっ…ううぅうう……。」
「俺が、世界中の誰よりも、理沙を好きでいる。この世界の誰よりも大切にする。」
「うん……。うんっ……。あり…がとぉ…。」
詩亜には憎まれたけど、私を好きでいてくれる人がこの世界に一人でもいる。
その事実で、少し救われる。
パタタタと羽音が聞こえ、ピッチュルンが私の頭の上にとまった。
「あ!ピッチュルン!そういえばあなた一体どうやってここに…ていうか、あの人はどうして……。」
「ピュチィ〜!」
ピッチュルンが一声鳴くと、意識が遠のいた。
「おっと…。」
見た目以上にガッシリした風雅の腕にしっかりと抱きとめられ、私は意識を手放した。
「あ~あ…久々の恋人同士の再会だってのに……。」
不満げに風雅がつぶやく声が聞こえる。
なんたって、死にかけたのだ。
色々、ありすぎでしょう。
気も失うって話ですよ。




