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恋愛キャンセル界隈に元勇者は無用(もちろん使役獣も)  作者: 紅かおるこ(ハノーバー)
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15 憎悪の中に、居る

詩亜視点の過去の回想です。

【詩亜視点】


児童保護施設『願い星の園』には、アタシを含めて三人の子供が居た。

虐待されて口がきけなくなった一つ年下の健太と、母親(コイツしか親はいない)がアル中で世話ができないからって市の職員に連れてこられた三つ下の(たく)

アタシは生まれたときからこの施設で育ってて、園長のことは母親のように思ってた。

健太と拓のことは初めは弟みたいに思おうとしてた。

でも健太はしゃべれなくてつまんないし、拓は変な歌ばっかり歌ってて気持ち悪いし。

園長の前で以外は、あんまり関わらないようにしてた。

園長だけ居ればいいのにって思ってた。


だから、園長の友達の子だかなんだか知らないけど、突然施設にやってきて園長や弟たちの関心を奪っていったアイツ、安寧理沙のことは、最初から気に入らなかった。


アタシが12歳、アイツが8歳の時だった。

なんでも、両親をいっぺんに事故で亡くしたんだとか。

園長が理沙を不憫そうに涙ぐみながら見つめる姿に、初めての「憎しみ」が芽生えた。

鳥肌がたった。

理沙は「命日には私と一緒にお墓参りにいきましょうね」と、優しく背中を撫でられていた。

(あの手は…私を撫でるための手だったのに……)

「まだたったの八歳なのに…気丈にふるまって……」だと。


握りしめた手のひらに爪が食い込む。

気丈にふるまうって、何?

健太や光太のほうがよっぽど気丈にふるまってるじゃん。

そんな健太や拓もアイツに簡単に懐柔された。

拓は「妹が増えた!」とか言ってやがるし、健太なんか、理沙にだけはちょっと口がきけるようになる始末。


ふと、自分がどうして物心もついていないときからここで育っているのか疑問に思った。

考えたこともなかった。

それまで「ご両親は亡くなった」と聞かされてきた。

それなのに、私は今まで一度も墓参りなんてしたことがない。

理沙には「墓参りに行きましょうね」とか言うくせに?

ずいぶんな差別じゃない?


アタシは夜中に事務所に忍び込んだ。

ガラス扉の本棚には過去にここから巣だっていった子供の名前が背表紙にかかれた様々な色のファイルがズラリと並んでいる。

スライド式の扉には鍵がかかっていて中は開けられないけど、ガラスごしに背表紙の名前だけは確認できた。

手のひらサイズの懐中電灯で照らしながら探したものの、私の名前は見つからなかった。

本棚の下の引き出しを探し、それから、園長の机の、鍵つきの引き出しをあけた。

不用心なことに、鍵はかかってなかった。


「詩亜」「健太」「拓」と、背表紙にかかれた黄色いファイルが三冊入っていて、真新しいファイルの背表紙に「理沙」とかかれたピンク色のファイルが一冊入っていた。

一番最初に自分のファイルをめくる勇気がなくて、「健太」のファイルを手にとった。

健太がここに来た日付と身体検査、健康状態のの記録が記載されていて、以降、一年ごとにページが変わり、その年に受けた予防注射や、かかった病気や怪我が記録されている。

ファイルのポケットに『調査書』と書かれた無地の茶封筒がはさまっていて、私はそれを取り出した。

そこには、知らない女の写真と、その女にまつわる報告(入院先や現在の健康状態)が入っていた。

何度か児童虐待施設から警告を受けたとの記録も。

(このファイルで間違いない…)

私の心臓が早鐘をうった。

どんな人だったんだろう?

私の両親は?


ふるえる手で自分のファイルを取りだして開くと、健太のと同様、ファイルのポケットに茶封筒がはさまっていたが、健太の無地の封筒と違って、私の封筒には「○○警察署」と書かれてあった。

いぶかしみながら、私はその封筒の中身を取り出した。


「発見場所:赤津地区公衆トイレのゴミ箱前」

「量販店で購入可能な白のガーゼの産着」

「オムツは着用していなかった」

「推定月齢:生後一週間以内」

「赤津地区の母子医療センターに護送」

「生後6ヶ月の初期離乳食開始期を期に、児童保護施設『願い星』へ移送」


「……………………は?」


口からこぼれ出たため息で、私の中のブライドや少なからずあった良心なんかが、粉々に壊れたと思う。


「ひとかけらの愛情を受けることなく、ただ、ゴミとして捨てられた生き物」

それが私だという事実に、愕然とした。

「愛されて育ったアイツ」と、なんて違うことだろう。

それなのにアイツは、私から園長の関心を奪ったの?


(奪われてなるものか!!)

アタシの憎悪は燃え上がった。


それから私は、ことさら「良い子」の皮をかぶった。

面倒見のいい「詩亜姉ちゃん」。

おやつの支度をするふりして、アイツの分だけいつも少なく。

ごはんの支度を手伝うふりして、アイツの分だけいつも少なく。

小さい小さい嫌がらせを繰り返すことで、日々の暮らしで心のバランスを保っていた。


初めて忍び込んだときから、夜中に事務所を物色する背徳感がクセになってしまった。

十六の時だった。

あの、鍵つきの引き出しに、理沙の通帳を見つけたんだ。

詩亜・健太・拓のファイルにも、一冊ずつ通帳が入っていた。

保護対象の児童に市から振り込まれる手当てや、健太が通うリハビリ施設との金銭のやりとりなんかが見てとれた。

だけど、理沙のだけ、一冊余分に通帳があった。

他の三冊と金融機関が違う、理沙名義の通帳。

親の遺産や、保険やなんやが振り込まれているらしき、大金が入った通帳だった。

時々、まとまった額が引き出されてる。

ピンときた。

だって、理沙はまだ、銀行なんかに一人でいく年じゃない。


その頃にはもう、大好きだった園長への愛情はひからびていて興味もなかったんだけど、この一件で園長に対する別の興味が湧いた。

すさまじく。


「ねぇ、園長?コレって、何につかってるの?」

次の日、通いの職員さんが帰ったあと、園長に聞いてみた。

理沙の通帳をひらつかせながら。

「あ!!あなたっ!!それをどこでっ!!盗んだの!?」

「ん~。盗んだのは、あたし?それとも、園長?」

園長はすごい形相で私に迫ってきた。

こんな人間の愛情を求めていた時期があったなんてって考えると、自分の中の憎悪が更にふくれあがった。

何に対してかわからない憎悪。

この世の全てを憎むかのような気持ち。

「あんたって子は!おとなそうな顔してっ!今の今まで猫かぶってたの!?恐ろしい子!!いいこと!?その事を誰かに話してごらんなさい!あなたんて…っ!!」

アタシは園長の首をガン!とおさえつけて、壁に押し付けて持ち上げてやった。

アタシ、見た目より力が強いんだ。

「がっ!!かはっ!!」

園長があたしの手ごとかきむしりながら足をじたばたさせる。

「誰かに話したら、なんなんだよ。話されたら困るのはテメェじゃねぇの?」

首から手を話したら、青ざめた顔の園長がどしゃっ、と床に崩れ落ちた。

もともとおとなしいババアだし、暴力には慣れてないんだろう。

ガタガタと震えてた。

「コピーもとったし、証拠も隠滅できないよ?あ、あそこに…」

アタシが指差した先にはアタシのスマホ。

呆ける園長を捨て置いて、さっさと取りにいった。

「アタシに、横領がバレて、鬼の形相で迫ってきたとこ、録画してある。」

「あ…あなた…」

「お前こそ、黙ってろよ。あたしの好きなようにさせてくれりゃ、お前が横領してたことは黙っててやるよ。」

「ま…まって…わ…わたし…お金が必要なの……」

見たこともない情けない顔で、園長がアタシの膝にすがりついてくる。

なんて醜くて、情けなくて、気持ち悪いんだろう。

「知らねぇよ。自分の必要なカネくらい、自分で工面しろよ。できねぇなら、これ、公表するけど、そしたらアンタ、ブタ箱行きなんじゃないの?」

アタシは足でその気持ちの悪い女を蹴り飛ばした。

「あ…あ…悪魔っ!」

「テメェが言えた義理か。」


お金は悪いことになんか使わなかった。

塾にいって、大学に行って。

その学費を払っただけ。

保護者欄の署名はもちろん、園長。

アタシをチクったら共倒れだけど、だまってたら社会的には抹殺されずにすむもんね。


理沙たちには「図書館で自力で勉強して、奨学金を借りた」って言った。

あいつの親が遺したカネを、アタシのために使う。

公平じゃん?

だって、アタシの親はアタシには憎悪ぐらいしか残してくれなかったんだからさ。


理沙の金をつかって短大に通っていると思うだけで清々した。

やっと、世界が公平だと思えた。

これからアタシの輝かしい人生が始まるって。


アタシの行った短大は都内の有名大学と共同のサークルがいくつかあった。

ボルダリング同好会にものすごいイケメンがいると噂を聞いて体験入部を申し込んだ日。

アタシは一目で藤井先輩に恋に落ちた。

アタシの理想を散りばめたような王子様だった。

彼こそが、掃き溜めのような人生からアタシを救い出すために神様が与えてくれたチャンスなんだという気がした。


彼に気に入られるために、あらゆる手を尽くした。

彼を狙ってる女は他にも大勢いたけど、全く気にしなかった。

コバエが何匹たかったところで勝負になるわけがない。

事実、彼はそんな女ども歯牙にもかけていなかった。


メイクもファッションも料理も、彼が好きそうな話題の勉強も、めちゃくちゃ頑張った。

異世界ゲームにハマってるっていうから、面白くもない理沙の小説を紹介したら意外と話に花咲いた。

それから、彼の方からアタシに声をかけてくれるようになった。

ライバルを蹴落として最高の気分だった。


なのに!!


ある日、見てしまった。

ジャズが流れるレトロなカフェで、ソファー席に向かい合って座る、先輩と理沙を。

先輩は何故かダサい格好に変装してたけど、一目でわかった。

理沙が帰ったあと、彼は眼鏡をはずしていつもの彼に戻った。


それからしばらく、二人がカフェで会うのを見張ってた。

2回目以降、彼はいつも通りの彼だった。

二人の座る距離が、向い合せの椅子席から横並びのソファー席になっていった………。


まさかこのあたしが!!


理沙なんかに負けるなんて!!!!


子供の時に初めて感じた怒りなんか比じゃないくらいの、とてつもない憎悪だった。

こうなったらもう、ぶっ殺すしかないよね?



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