14 地下駐車場に、居る
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真っ暗な中、私は何かから必死で逃げていた。
『捕まったら、殺される!!』
走って、走って、必死に走ったけれど、腕を引っ張られ、追ってきたその人物に引き寄せられる。
そして、ズブリ、と、私の背中にナイフが突き刺された。
刺した人物が、私に何か罵詈雑言を浴びせている。
刺したナイフを引き抜き、ふりかぶったのが影で見えた。
そんなに思いきり何度も刺したいほどに、私を憎んでいるのだろうか。
だが、そのナイフが再び私に刺さる前に、ある人物がナイフと私の間に飛び込んできた。
繰り返し見るその夢を、数日ぶりに見ながら、私の意識は浮上した。
「おっとぉ~。目ぇ覚めちゃったかぁ。」
長身の男が振り返る。
「寝てる間に始末しちゃあ、つまらねぇからさ。目が覚めるまで待っててやったんだぜぇ?優しいだろぉ?」
台車のようなものに乗せられていた私は足蹴にされ、灰色の硬いセメントの床の上にドサリと転がされた。
頭が朦朧としていて手足が自由に動かない。
周りに車が数台停まっているのが見える。
どうやら、地下の駐車場のようだ。
藤井風雅が、屋上で話した時と同じ、虫酸の走る嫌みな話し方で語りかける。
「どんな気持ちだよ?惚れかけた男に始末される気分はさぁ。絶望か~?」
私を精神的にいたぶるのが、楽しくてたまらない感じ。
頭に薄く張っていたガラスのようなものが、パリパリと音をたてて剥がれていく感じがする。
「あ~…早く『眠りの術』が抜けねぇかな…。無反応でクソつまんねぇ。早く絶望しろよぉ~。これから俺に殺されるんだからさぁ~」
パリン!と頭の中で何かが弾けた。
何も絶望するようなことはない。
私はコイツが正真正銘のモドキであることを知っているんだから。
「…するわけ…ないでしょ…バーーーーカ……。」
私のかすれた応答に、男の顔から表情がストンと抜け落ちる。
ゾクリと悪寒が走った。
男は気を取り直してまた笑う。
「……あっは!強がっちゃってぇ~!てか、ウゼェよ?」
そう言いながら、風雅、いや、風雅の顔をした男が、私の髪をグイッとひっぱって私の頭をのけぞらせた。
「うぜぇのは…テメェだよ…。ヘッタクソな変装してさぁ……。」
怖くたって、私は怯んだりしない。
誰だかしらないけど、こんな卑劣なことするヤツに負けたりしない。
「なん………だと……?」
また、男の顔から表情が抜け落ちた。
「フーガを、アンタみたいなキモいモブと一緒にしないでよ。」
ビリッ!と周囲の空気に電流が走った。
「あ~。なんだ。かわいそうに、現実逃避してんのかよ?残念だなぁ?テメェは俺に今から、地獄に送られるんだ。」
「ハハッ!…てか、誰よアンタ。あのね?あたししか知らないことを教えてあげるよ。」
私は相手をあおるのを承知で、たっぷりと『藤井風雅は私のものだ』とほのめかした。
「風雅はね、私から見上げた顎に、三つほくろがあるのよ。」
バッ、と風雅の顔をした男が顎に手をやった。
「『勇者風雅の冒険』の続編に出てくる、三つの天体のモデルになった、三つのほくろがね。」
風雅の顔をしたヤツの顔がみるみる真っ赤になった。
「…………フン。クソつまんねぇ…。」
風雅モドキの声が女性の声に変わった。
顔の皮膚がドロリと溶けたように流れ落ち始める。
「…っ……」
気持ち悪くて叫びそうになるのを、歯を食いしばって耐えた。
こんなヤツにビビらせられてたまるもんですか。
絶対に悲鳴なんかあげてやらない。
目の前のホラーに私は目をそむけ、少し動くようになった体を引きずって逃げようとした。
その瞬間。
「っ!」
ぐいっ!!と思いきり、スェットの背中をひっぱられ、ドシャッと仰向けに駐車スペースに放り投げられた。
「いっ!!!」
手をついた瞬間、グキッと手首を痛めた。
「うっ!!」
相手の顔を見ようととしたら、頭をグシャッと横向きに地面におさえつけられた。
「ったく、いいかげんにしろよぉ~?毎回毎回、調子にのんなってぇ~!」
聞き知った声。
その声に、全身から冷や汗が吹き出す。
今、自分の身に起きている暴行を、その声の主が行っているなんて、夢であってほしい。
これは、あの、恐ろしい夢の続きだ!
そう思いたい気持ちを、痛む手首と再び地面に押さえつけられて痛む顔が否定する。
「せっかく殺してやったのに、なぁんで生きてんだよぉ?」
私の髪をひっつかんだ手を一瞬ゆるめ、持ち上がった顔をまた地面にたたきつける
「ぐっ!」
痛みで私はうめく。
「アッチの世界で、やりなおそうと思ってイケメンの勇者とうまくいくかと想えば、そこでもお前そっくりの顔のヤツに邪魔されるしよぉ?」
またつかんだ髪をひっぱって顔をもちあげられ、地面にたきつけられる。
「!!」
痛すぎて今回は声もでない。
「魔王討伐したら、普通はパーティーの聖女様と結婚だろうがぁ?なぁんでテメェが出てくるわけぇ?あの、エストリアーダとか言う女!」
グリッ!!と頭に体重がかかる
「ぃいいっ!!」
目から火花が散る。
「テメェそっくりだったんだけど!?どうなってんだよっ!!」
怒りで声の主の息があがる。
「あの女、殺してやろうとおもったのに、逆にアタシが処刑されかけたんだよね。んで、とりあえずこっちに戻ってきた。アタシをあんな世界に飛ばしたテメェの居る世界にね。まさか生きてるとはおもわなかったけど。テメェときたら、前にも増して小汚くて冴えねぇんでやんの。殺しても意味ないしな〜と思ってたら、なんと、あの人まで帰ってきあみたいじゃない?ったく……………」
ギリギリと歯ぎしりをしながら、声の主が怒りをためていくのがわかる。
私を押さえつける手に力が入る。
「…………なぁんでお前が!!またしてもまたしても!!あの人んとこに転がりこんでんだよぉ!!」
「な…んで…。」
頭の手がゆるめられ、恐怖を振り払って、私は視線をその人物に向けた。
どうか、別人でありますようにと願って。
けれど、そこに居たのは間違いなく…。
「理沙ちゃん、ダメじゃん。恩を仇で返したりしちゃさぁ~。」
「詩亜…姉ちゃん…。」
憎悪に顔を歪める、別人のような、詩亜姉ちゃんだった。
「私があんっっなに一生懸命アタックしても見向きもされないのにさぁ。なぁんで理沙ちゃんみたいなのが、彼の部屋に出入りしてんの?理沙ちゃんのくせにさぁ!?」
「いっ…。」
ガッ、とまた髪の毛をつかまれ、首を反らされる。
「今度こそ、ちゃぁんと、消えてねぇ?…いやぁ、だぁ~めだよ、現実世界の人間のくせに、あんなチートな能力使っちゃあさぁ。」
詩亜姉ちゃんは…コイツは私が姉ちゃんを異世界に飛ばしたと思ってるんだ。
「まぁ、結果オーライっていうの?一回目殺したときはさ、怒りにまかせて待ち伏せしてブッ刺しただけじゃん?あげく、フーちゃんまで刺しちゃう始末で。あれだと、すぐ捕まっちゃってたよ。現実だもんね。バッカだったよね~あたしもさ。」
バカっぽくて、下品な喋り方。
こんなの、詩亜姉ちゃんじゃない。
きっと、さっきはがれた風雅の皮の下に、まだ詩亜姉ちゃんの皮をかぶってるんだ。
私は必死で自分にそう言い聞かせた。
「でもさ、やっぱ神様っていると思ったよ。あたし異世界に飛ばされて聖女やってたの。超アタシにお似合いじゃない?あんたのクソつまんない小説読んどいてよかったって、思う日がくるとは思いもしなかったわ!未来を知ってるんだもん。歴代最強の聖女様って言われたんだよぉ~。」
私の小説には聖女なんて出てこない。
この人、何を言ってるんだろう?
「さぁて……どうやって殺してやろうかぁ?憎い憎いテメェを~」
詩亜姉ちゃんが、ベロリと唇をなめ回した。
「なんで…なんでそんなに…」
詩亜姉ちゃんがバカを見るような目で私を見た。
「………そーゆーとこ。そーゆーとこだよ、ほんと、死ねよって、マジ何百回も思ったよぉ。憎まれてることも全く気づかない、お気楽なトコぉ。」
何らかの力を使われているのだろうか。
手が離されたのに、全身から力が抜けて、押さえつけられてもいないのに動けず、私は引き続き地べたに這いつくばっている。
詩亜が説明するまでもなく、私を押さえつける不愉快な「力」と共に、詩亜の憎悪が頭の中に流れ込んできた。
それは、長い長い時間をかけてそだった、出口も境界もない、真っ黒な、ブラックホールみたいな感情だった。
意識は真っ暗な闇に包まれながら、そのなかで、細切れの映画を見るように、詩亜の憎悪が写し出された。




