13 なぜか、この人が、居る。
最上階まで上がると、廊下にまで美味しそうなニオイが漂っていた。
この階にあるのはモドキの居住スペースのみ。
(まだ帰ってくるには早い時間のはずだけど……門木さんはしばらくお休みのはずだし……)
そう思いながらカードキーで鍵をあけ、中に入った。
キッチンには、見覚えのある背中。
「なんで……。」
私はバカみたいにポカンと口をあけて立ち尽くした。
その人物が振り返った。
「あれ!?理沙!?なんで………ってやだ!まさか、理沙の雇い主って、フーちゃんなの!?」
ニンジンを刻む手をとめ、エプロンで濡れた手をぬぐいながら詩亜姉ちゃんが驚いている。
でもなんだか話し方が白々しい。
私は驚きすぎて返事をすることもできなかった。
詩亜姉ちゃんの『彼氏』とは、モドキのことだったのだ。
「あの人、私には本当にいい恋人なんだけどなぁ~。手癖が悪いっていうか……。まさか理沙にまで手を出すなんて!んもぅ!」
「手……手なんか……出されてないよ。アハハ……やだな、もう。そういうのとは無縁だって…さっきも言ったじゃない。」
声が震えるのを必死に隠して、私は答える。
そうよ。
恋愛キャンセル界隈が、一体なにを動揺してるのよ。
そ、そりゃ、色々と強引に振り回された状況ではあるけど、一応職には就けていることだし。
でも、詩亜姉ちゃんの彼氏の家に、いくら妹とはいえ、居座るわけにはいかないよね。
別で部屋を借りなくちゃ。
転職の紹介状もお願いしないと。
この仕事がイヤだったら書いてくれるって、約束したし。
…そう考えたら、誰かに胃や肺をギューッと素手で捕まれたかのように苦しくなった。
「困った彼氏だわ。とっちめてやらなくちゃ。」
そう言いながら詩亜姉ちゃんが私の方に歩いてくる。
あんまり見たことがない表情だ。
自信に満ちて、勝ち誇ったような…?
「あ…あの、ゴメンね、詩亜姉ちゃん。知らなかったとはいえ、その、気分悪いよね?」
「ホントにね。」
シュッ、と、何かミスト状のものが詩亜姉ちゃんの手から出て私の頭部全体を包んだ。
「!?」
驚いて思いきり吸い込んだ瞬間、私の意識は暗闇にのまれていった。
そのままフカフカの絨毯に膝をついて、バタンと倒れた。
いくらフカフカでも、何の支えも無かったから痛い。
でももう、体が何も反応しなくて声も出なかった。
「ほんっとーに、気分が悪いわ。」
薄れ行く意識のなかで、聞いたことのないトーンの詩亜姉ちゃんの声がした。
「位置情報は撹乱されてるしさぁ。理沙がバカで、本当にラッキーだったよ。」
これは、本当に詩亜姉ちゃん?




