7 本題に、入る。
「さてと。改めて言うまでもないけど、まずはこの本、『テイルズ・オブ・ロワイユム・ド・ビースタリオード(Tales of royaume de Beastaliord)ビースタリオード王国物語 ~勇者Fugaの冒険~』、これ書いたの、君だよね。『サリー・ピースフル』さん。」
モドキは玄関からオリーブグリーンのバックパックを持ってきて、件の書籍を取り出した。
『サリー・ピースフル』は私のペンネームだ。
「ア…ハハ…やっぱりバレてるんですね…て、てゆーか、そもそも、なんで私が作者だって知ってるんです?物語の中に私の名前は出てきませんよ?」
「出版社のクアトロ・セゾン書房って、フジマール・コーポレーションが新事業で立ち上げた出版社だから。」
「そ、それってめちゃくちゃ個人情報漏洩では!?」
「ないよ。異世界に飛ばされる前に君の作品を持ち込んだのがそもそも俺なんだ。知り合いに面白いよって勧められて、サイトで読み初めて。そしたら面白くて。毎日更新されるのを楽しみにしてたから、会社でラノベ部門の編集長やってる姉貴に勧めたんだよ。そしたら先ずは書籍化しようって話になってな。あとは知ってのとおり。」
電子書籍化したら人気が出たから紙でも出版することになったのだ。
「結婚した姉貴の名前で連絡のメール打ってたの俺だったんだ。『志藤風弥』って、わかる?ただ、この世界での君の出版には俺は関与してない。」
「し、志藤さんって、藤井さんのお姉さんだったんですか。わ、わたしはクアトロ・セゾンで公募してたノベライズの賞に応募して、そしたら電子書籍賞の連絡を志藤さんからもらって…。人気が出たから出版もしようって流れになったんです。その作品が出版されたのって一年以上前だし、異世界系のラノベなんて毎月わんさか出版されてて、とっくに埋もれてるから今じゃ置いてるところも少ないぐらいなんですけど……。」
その作品は私が投稿した作品の中で唯一書籍化されたもので、他に20件近く書いている作品は評価200ちょっとのショッパイものから十万超えのものまで様々だけど、書籍化の声なんて全くかからない。
一部のとてもありがた~い読者さんだけに読まれている自己満足作品ばかりだ。
それにしても、藤井さんは私の知らない私とやりとりしたことがあるなんて、すごく変な気持ちだ。
直接会ったことはあるんだろうか。
その世界での私も…今みたいに冴えなかったのかな……。
……いかんいかん。
そんな暗い思考になっても無意味だわ!
どうでもいいじゃないの。
「それで、藤井さんは私が書いた世界に召喚された、ってことですか?」
「いや。俺が飛ばされたのは、コッチの方。」
藤井さんがまた、バックパックから何か取り出した。
その手には私が見たこともない…
「ゲームソフト…?」
「そ。俺は元居た世界で、コレをつくって販売したんだ。」
「ここはあなたが元居た世界じゃないんですか?てか、いくつも世界があるってこと??」
モドキは頷いた。
そうなんだろう。
だって、私はこんなゲーム見たことがない。
ストーリーの作者なんだから、著作権の問題もあるんだしお知らせぐらいあるはずなのに。
「…このゲームの中では…勇者以外は動物なんですね。」
(動物ではぬゎあい!とオッターリンが台所から声をあげたが(何か食べている)無視した。)
ゲームのパッケージを受け取り、私はしげしげと眺めた。
真ん中で剣を構えるフーガの周りで服を着た動物たちがそれぞれポーズをとっている。
もちろん、黄緑のチョッキを着たカワウソも居る。
「それに、小説の方も良く見て。」
「あれ?これって…」
モドキに渡された小説をよく見ると、タイトルは同じなのに私の小説と表紙の絵柄が少しだけ違う。
「中身は同じなんだけどね。」
「じゃあ、ここへはどうやって戻ったんですか?」
「帰れる可能性がある方法は二つあった。」
モドキはスラリと長い指でピースサインを作った。
「まず一つ目は『時の鳥』の攻略。」
「『時の鳥』……」
私はボソリと復唱した。
聞き覚えのない名前だ。
「ゲームにも小説にも登場しないけど、『エターナリー』って呼ばれる『越境鳥』が居るんだ。文字通り、この世界線に存在する各階層を自由に行き来できる。」
「『階層』を…。」
「そう。小説に登場はしないけど…でもほら、表紙のここに、尾が七色の青い鳥が描かれてるだろう?」
「あ、この子?」
「そう。俺が元いた世界で君と打ち合わせしたときに雑談で話したときにちょっと出てきたんだ。ゲームでもメインじゃなくて隠しキャラ扱いだったんだけど、俺はエターナリーの存在を思い出したんだ。」
「どんな鳥なんです?」
「とにかく陽気で面白いことが好きな鳥なんだ。伝説の実『滑稽』を手に入れて与えると、時空に関する願いをひとつ叶えてくれる。例えば、若返りたいとか、別の階層の世界に行くとか、そういうの。ちなみに自力で笑わせても願いは叶えてくれるんだけどな。まぁ、笑いにうるさい鳥だから、滅多に笑わないらしいけど。」
なんだその、お笑い芸人コンテストで一番厄介なコメントをしてくる審査員みたいな鳥は。
モドキの話で私はひとつひっかかったことがあった。
「ちょいちょい出てくる『別の階層』って、どういうことですか?」
「俺たちがいるこの世界はいくつかの階層にわかれてるんだ。各層に軸となる物語から分岐した世界がそれぞれ存在するんだそうだ。その、軸となる物語が、君が書いた『勇者Fugaの冒険』。多分、この世には膨大な量の世界が存在するんだよ。」
「そ、それで、そのうちのひとつがここだと……。で、でも、ここは『物語』っていうか、『物語』を生み出した現実世界なんですけど!?」
「どの世界に居る生き物も、そこが現実だって思ってる。」
「えぇ…?頭がついていかない……。とにかくここは藤井さんが元いた世界と違うんですよね?なんでここに帰ってきたんですか?間違えたの?」
「間違えてない。」
モドキは私の目をじっと見据えた。
まさか……まさかこんなヘンテコな世界を産み出した大元である私を始末しようと帰ってきたとか!?ひ、ヒィイ!!
だからこの人こんなにも私に意地悪で無茶なことばかりするのかも!
私は真相を知るのが恐ろしくなってこの件について深堀りするのをやめることにした。
「全階層の中で君がいる階層は現時点でここだけだ。俺が飛ばされとき、ここの時間は2年巻き戻った。あっちに一年ちょっといて、無事にかえってきてから1ヶ月近くたってる。」
「じゃ、じゃあ、一年経ったら、また飛ばされるかもしれないってことですか?」
「断言はできないけど、多分それはないと思う。」
「根拠は?」
「俺は今、飛ばされた先の世界と繋がってるから。既に、オッターリンを含めてあっちの人間と関わりがある。」
「な…なるほど…。」
私が書いた小説だと勇者は魔王を倒したあと王女と結婚している。
なぜか今、それを頭に思い浮かべるとものすごく不愉快になり、私はグニッと首をかしげた。
「何か質問?」
「い、いえ、あの、ちょ、ちょっとお話がずれますけど……。」
「なんでもどうぞ。」
「ま、魔王って、強かったです?よ、よく倒せましたね。行ったときは藤井さんはただのヒトだったわけでしょう?」
「まぁ、小説自体がヒーロー至上主義のメチャつよチート満載だろ?おまけにゲームはやってたどころか俺が作ったときてる。歴代勇者最速で魔王を倒したって、王都の公園のど真ん中に銅像までたてられたよ。」
「そ、それは、なによりでした。」
「正直、目が覚めた瞬間『アンタは勇者だ』なんて言われたときは夢だと思おうとしてその場で寝ようとしたわ。」
「…わかります…。」
私もカワウソが初めて来た日にはそうだったもの。
「人間は全くいなかったんですか?」
「『ヒト族』って種目で人間が少しだけいるけどね。自分達の集落を持てるほどもいないかな。壮年のオッサンでもすげぇ弱くて、保護対象。」
なるほど、そりゃ、帰ってきたいわけだ。
「召喚されたから、あっちに行ったってことでいいんですかね?」
「安寧さんが書いた小説に飛ばされたんだから、何か関係はあると思ってる。」
それで私を見てたのか。
納得。
「…でも私、本当に何の能力もないよですよ?単に藤井さんが丸一日気絶してる間に一年過ごしたような夢を見ただけとか……」
と、現実逃避な発言をしながらクローゼットの門の説明がつかないことに気がつく。
「あの国は本当にある。とにかく現実に…」
二人してじっとカワウソを見る。
むしゃむしゃとイワシの味噌煮の缶詰を食べていた。




