休憩所
ふぅ………、やっと、ここまで…来た。
一息つくか。
休憩所のドアを開けると、先客が2人いた。
1人は立ったままジュースを飲んでいて、1人は胡坐をかいて窓の外を眺めている。
「あ、こんにちは」
とりあえずの挨拶をすると。
「うす、うっす!」
「どうも、どうもどうも…」
こちらを見て、穏やかな表情を見せる…二人。
僕は…スツールに腰を下ろそうかな。
「お疲れ様です。ちょっと休憩させてくださいね…よっこらしょ」
天然素材でできたやや硬めのスツールは…思ったより座高が低くて、思わずじじくさい言葉が出てしまった。……若いつもりだったけど、僕も年老いたなあ。
低くなった視線で、休憩所の中をぐるりと見渡してみる。
ここは…わりと落ち着いた雰囲気の休憩所らしい。
広さはおよそ…八畳ほど。出入り口横のテーブルの上には、ドリンクサーバーとポケット菓子が置いてある。中ほどには、革張りのソファと今僕の座っているスツールが向かい合わせになるように配置されていて、奥にある窓辺の前には琉球畳のコーナーがある。
前に入った休憩所は、ド派手な感じのネオンやジュークボックスなんかがあったから全く気が休まらなくて…、すぐに退出したんだ。今回は…僕的には、アタリだな。
ここは、長い長い旅の途中で寄ることができる、休憩所。
疲れてしまった時に、少しだけ休むことができる、特別な場所。
人は、この場所で、前に進む気力を取り戻し…、また、旅を続けるのだ。
窓の外には、マイペースに生きている人々の姿が見える。
長い、長い旅の途中の…ひたすらに前に進んでいる、光景。
平坦な道をただただ進む人。
けわしい道を傷だらけになりながら進む人。
ぬるま湯に浸かりながら、進んでいるふりをする人。
明らかに間違った道を選んでいる人。
他人の道を塞いでいる人。
突っ走っている人。
ありえない荷物を抱えて潰れそうになっている人。
素っ裸で堂々と闊歩している人。
たくさんの人を抱え込んでいる人。
誰かを背負っている人。
誰かの背中に乗って偉そうに指示をしている人。
足元だけを見つめてじりじりと前に進む人。
手を叩いては近くにいる人を驚かせて笑い転げている人。
気ままに生きている誰かの様子を窺うことはできるけど、何を思って生きているのかは知ることができない。
ここはただの休憩所であり…、他人がどう生きているかをほんの少しだけ知ることができる、ただそれだけの場所だからだ。
「…あの、どうでした? ここまでの道のり」
「まあまあ…ぼちぼちですかね」
疲れてはいるけれど、楽しめた部分が全く無いわけではない。すべてが順風満帆という人生など…なかなか出会えない事を考えれば、恵まれているのだとは思う。
「少し…お話を聞かせてもらっても?ここから見ているだけだと、ちょっと…足りなくて」
生きることに疲れてしまった人の中には、休憩所から出られなくなってしまう人もいる。
ここは、肉体が老いるための時間というシステムからはずれているので、いつまでいてもいい場所ではある。けれど…それは魂の在り方としてあまりよろしくは、ない。なぜならば、魂というものは【経験を得て磨かれていくこと】を目的として発生しているので、何もせずに自分以外の魂を見送るという行為は…無意味なものだからだ。
「そうですね…真面目に生きている方だとは思います。ただ、他人を尊重する癖がどうも抜けなくて。気が付いたら、自分の意志を手放している感じでなんです。なんだかとても疲れてしまって…休憩所を見かけるたびに入るようになりましてね。少し休んではまた少し生きるという感じなんですよ」
「そうですか…私は、初めて休憩所に来たんです。ずっと走り続けてきて…本当に疲れてしまって。ここに来れば疲れが取れると思って、期待して入ったんですけどね、全く気力が回復してこなくて…旅に戻る勇気が出なくて…」
僕は、休憩所に長居をしたことがない。
畳の人は、ずいぶん長いことこの場所で休憩をしているようだ。確かにここは居心地がいいから、その気持ちはわからなくもない。でも、疲れが取れていないのはかわいそうだ…。
「休憩所で取れる疲れってのは限界があるからなあ。よほど無理をしてイベントを詰め込んだか、今まで休憩しなかったつけが回ってきたのか…まあ、無理はしなさんな」
ジュースを飲み終わった人が、ゴミ箱に紙コップを入れながら声をかけてきた。
少しぶっきらぼうではあるが、労う気持ちが溢れている。
休憩所にやってくる人は、基本、皆、やさしい。
なぜならば、休憩所というものは癒しの場であり…疲労を増幅させるような素因は排除されてしかるべきものだからだ。休憩所に入れるものは、癒す素養があり、癒される資格があるものだけなのだ。
「動けるくらいになったら少し生きてみて、また別の休憩所に入るのもいいかもですね。ただ、ここは居心地がいいから…ほかの休憩所では満足できない可能性もありそうですけど」
畳の人がパリピ属性の人だったりしたら、この素朴で質素な休憩所では癒されにくいのかもしれないしな…。
休憩所にいる間は、どんなふうに人生を送っているのかを窺い知ることはできない。
人には、向き不向きというものがある。騒いだり歌ったりすることでスッキリするようなパターンもあるから、この人がここで癒されていないのであれば、場所を変えたほうが良さそうな気もする。
「そうですね…別の休憩所に行ってみるのも、確かにいいかも。私…、ずいぶん長いことここにいるんですけど、一向に気力が回復しなくて。もうそろそろ…ドロップアウトが近いのかななんて…、思ってるんです」
……よく見ると、畳の上の人の手に、点滴のチューブが付いている。
もしかしたら、この人は旅の終わりが近いのかもしれない。
「よかったら、一緒に行くかい。手ぐらいは、引かせてもらうよ?」
「僕、もう休めたから肩なら貸せます」
旅は道連、世は情けってね。
同じ星に生まれた、仲間じゃないか。
…いつか、自分も。
こんなふうに、誰かの助けを求めるときがあるかも知れない。
「……ありがとう」
僕は、休憩所のドアを開け………
「ただいまー…って、やだ!寝てるの?!」
………、あれ?
ええと……、ぼくは……。
「ランドセル片付けてないじゃないの!靴も揃えてない!!」
「ご、ごめんなさい…」
「もう5時よ?!ポロンのお世話もなんにもしてないし!」
「だって、しゅくだいが…」
「やってないじゃないの!寝てたくせに!すぐに言い訳するんだから!!!早く散歩に行って来なさい!!」
「でも、おなかがすいてうごけない…」
「このおやつを食べたあとは何?!どうしてそんな嘘つくの!!!」
「たべざかりだから…パパも言ってたし…」
「パパの真似はしなくていいの!!!ほら、早くいきなさい!!帰ったらブラッシングとごはんもあげるのよ!!そのあとで晩ごはんにするから!!」
「ハイ……」
ママはすぐにぼくにもんくを言うんだ。
すきなアニメを見ているときをねらっておつかいに行かせるし。
やすみの日なのにあさはやくおこすし。
よみたくない本ばかりみせてくるし。
すぐにポロンのうんちかたづけさせられるし。
キライなにんじんをぜったいにたべさせるし。
ずーっとぼくは、ママの言いなり。
いっつもぼくは、言いたいことが言えない。
あーあ、もうなんだか、つかれちゃうよ。
はやく大きくなって、自分のしたいことだけして、たのしくくらしたいよ……。
はぁ〜。