相対の時 その②
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匂宮グループのオフィスがあるビルは、街の中心部にあった。
一見、周囲の建物に紛れ込むようにして建っているそのビルは、近づくと言葉に出来ない異様な雰囲気を放っていた。
「ここに匂宮とあの男がいるんですね」
俺はビルを見上げた。
凝ったデザインの、古さを感じさせないビルだ。
「さあ、あとは又野さんとメイドさんにお任せします。受付の人に大鳥家から挨拶に伺いましたと伝えてもらえれば、案内してもらえるはずですよ」
理事長が少しずつ後ずさりしながら言う。
「……え、理事長も一緒じゃないんですか?」
「私が行くと、代理人の意味がないじゃないですか。あ、いや、勘違いしないでください。私はねー、又野さんを信頼しているんですよ。あなたなら私の代理を立派に勤めてくださるでしょう。直接挨拶するのがめんどくさいとかそういう気持ちは全くありませんから」
そうか、挨拶するのがめんどくさいのか……。
いや、そのおかげで匂宮と会えるのなら文句は言えない。むしろ感謝すべきだろう。
「分かりました、大鳥理事長。大鳥家がお家取り潰しにならない程度にはきちんと挨拶をしてきますよ」
「それはマジ、頼みます。じゃ、私は車で待っておきますから」
そう言って理事長は颯爽と、路肩に無断駐車していたオープンカーの方へ戻っていった。
僕は麻里さんと顔を見合わせた。
「では、僕らもそろそろ行きましょうか」
「ええ。お嬢様を取り戻しましょう」
「もちろんそのつもりです」
自動ドアを潜り、エントランスへ足を踏み入れる。
ビルの中は、空調で適温に調整された空気に満ちていた。
「何か作戦がおありなのですか、又野さん」
「色々考えてはみたんですけどね、結局のところ匂宮に会ってみないと分からないと思ったんです」
「どういう意味ですか?」
「匂宮が秋川に脅されて仕方なく代表をやらされてるって言うんだったら、代表の座を降りるよう説得します。だけど万が一、匂宮が本気でグループの代表を務める気なら―――俺は匂宮の意思を尊重しますよ」
「なるほど。つまり、お嬢様の真意がどこにあるか見抜く必要があると?」
「そうです。匂宮のことだから、俺達を心配させないように、まるで自分が好んで代表の仕事をやっているように見せるでしょう。だから俺たちはどうにかして匂宮の本心を探らないと。……秋川が実権を握っているとはいえ、グループの代表は匂宮です。自分で自分を解任するくらいのことは出来るんじゃないかって思ってるんです」
「何にしても、事態が私たちの望むように転がって、お嬢様が匂宮グループから解放されるよう祈るしかないというわけですね」
「……です、ね」
俺にもっと力があれば、祈る必要なんてなかったのかもしれない。
秋川に撃たれた太腿に軽い痛みが走った。
俺に力があれば、誰にも文句を言わせることなく、匂宮を取り戻せたのだろう。
だけど俺はただの高校生で、むしろ匂宮に面倒を見てもらっているような立場で……。
しかし、それは何もしなくていい言い訳にはならない。何より、匂宮は俺と秋川との因縁に巻き込まれてしまったようなものなのだ。
とにかく行ってみなければ始まらない。