世界を革命する力を その①
「匂宮を助ける方法は無いってことですか?」
俺が訊くと、麻里さんは辛そうに目を伏せながら首を振った。
「……又野さん、仕方ありません。旦那様でさえどうにもできないことなのですから」
「でも……」
「マンションに戻りましょう、又野さん。あの部屋も引き払わなければならなくなるかもしれません。荷物を整理して―――そうですね、お嬢様の私物は郵送することにしましょう。あちらもそれくらいは受け取ってくれるはずです」
「そんな話は、今は……」
麻里さんの表情が徐々に虚ろになっていく。
家から出られなかったときの匂宮と同じような目をしている。
「トマト、送ったらお嬢様、食べてくださるでしょうか? いえ、きっとお食べになりませんね。又野さんが一緒じゃなきゃ……」
「麻里さん……」
何か言ってあげなければと思っても、麻里さんの気を紛らわすことができるような都合の良い言葉は思いつかなかった。
ちょうどそのとき、俺の携帯が鳴った。
画面を見ると、炭原さんからの電話だった。
「もしもし、俺だけど」
『……又野先輩ですか』
その声は、一瞬炭原さんではない別の誰かのものに聞こえた。
「ああ。……え、炭原さんだよな?」
『そうですけど』
「いや、なんでもない。で、何か進展があったのか?」
『大鳥理事長と会えました。理事長室まで来てもらえますか?』
「ああ分かった、すぐ行く」
電話は向こうから切られた。
なんだろう。気のせいか?
……いや、今はとにかく大鳥理事長に会おう。
「どうかされたんですか、又野さん?」
麻里さんが不安そうに俺の顔を見る。
「俺、理事長室に行ってきます。麻里さんは先に帰っててください」
「又野さんを置いてなど帰れません。私はここで待ちます。……危険なことだけはしないでくださいね」
「分かりました。じゃあ、またあとで」
俺は麻里さんに背を向け、理事長室へ急いだ。
※
理事長室へ行くと、炭原さんと牛山、そして大鳥理事長が待っていた。
「大鳥理事長……」
「話は聞きましたよ。匂宮さんの件は残念でしたね」
煙草を咥えたまま、大鳥理事長は言った。
その口の端から白い煙がたなびいている。
「理事長、匂宮を助けたいんです。どうにかできませんか」
「大鳥家は匂宮家に従う立場です。こちらから何かが出来るわけじゃありません」
「え……」
結局ダメってこと?
「ですが、私も大鳥家の代表として何らかの挨拶はしなければならないと考えています。……とはいえ仕事が忙しく、ちょうど代理を探していたところだったんですよ」
「理事長……!」
「私の代わりに匂宮家へ行きますか、又野さん」
「行きます!」