ラブコメみたいな日々のおわり その⑥
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『……麻里か』
麻里さんの携帯端末を通じて聞こえる匂宮の父親の声は、憔悴しきっていた。
「旦那様、ご無事でしたか」
『身体はね。しかし匂宮グループにおけるすべての権力、そして資産は剥奪されたよ。あの秋川という男、さすがの手際だ』
自嘲気味に笑う匂宮の父親。そこには以前会ったときの余裕は無かった。
「……申し訳ございません、旦那様。お嬢様をお守りできませんでした」
『分かっているよ。そのことで君を責めるつもりはない。実際、私も彼の手の上で踊らされてしまったわけだしね』
「匂宮を守れなかったのは俺も同じです。本当に……すみません」
『今回のことは仕方ない。又野君は来夢をまた学校へ行けるようにしてくれたじゃないか。君の働きは十分だよ』
「でも……」
『話題が逸れてしまったね。一体何の用かな? 謝罪のためだけに連絡をしたわけじゃないだろう?』
麻里さんが俺に頷く。
俺は口を開いた。
「匂宮を助け出したいと思っているんです。何かいい方法はありませんか」
『……君のその意思は評価しよう。その上で答えるが、来夢を助ける方法なんてものがあれば私が知りたいくらいだ』
「……!」
『秋川は用意周到だったよ。匂宮マテリアルのデータ偽造騒動があっただろう? 谷津咲元社長にそうさせるよう仕向けたのは彼だ。匂宮マテリアルの再編というちょっとした混乱の中、秋川は匂宮グループに自らを潜り込ませた。そして今日の日のために準備を尽くしてきたはずだ。彼が私からグループ内の権力を剥奪し、来夢と谷津咲を隠れ蓑に匂宮グループの実権を握るこの日のために。手際はあまりにも鮮やかだったよ。我々は彼に王手をかけられていたことさえ気づかなかったんだ』
「つまり、秋川から匂宮を取り返す手段は無いと?」
『そういうことになる。父親として娘が手駒にされるのは遺憾極まりないが、今は手が出せない。来夢がグループの代表で、それを操るのが秋川という構図は覆せそうにない』
「そんな……」
『今は事態の推移を見ておくことしかできない。何せ今の僕には何の力もないんだからね。では、悪いが通話を切らせてもらうよ』
その言葉を最後に、匂宮の父親との通話は途絶えた。




