ラブコメみたいな日々のおわり その⑤
「私たちだけじゃどうにもできないかもしれませんけど、匂宮家に対して何らかのアプローチが出来る人はいるんじゃないですか?」
「……それってどういう意味だよ、炭原さん」
炭原さんは丸椅子を回転させながら言う。
「例えば匂宮さんの両親とか。又野先輩なら面識あるんじゃないですか?」
「確かにそうだな。あの人たちなら協力してくれるかもしれない」
「それが無理なら大鳥理事長はどうです? そもそもあの人って、匂宮家に依頼されてこの学園の理事長をやってるんですよね?」
言われてみればそんな話だった気もする。
そうか、別に俺ひとりでどうにかする必要はないんだ。
「……分かった。とりあえず匂宮の両親に掛け合ってみるよ。何とかなりそうな気がしてきた。ありがとう、炭原さん」
俺が言うと、炭原さんはなぜか俺から目を逸らした。
「べ、別に又野先輩のためじゃないですから。ただ、黙って見てるのが嫌だっただけって言うか……とにかくやるなら急ぎましょう。FPSも一緒です。何もしなきゃ状況は不利になっていく一方ですから」
「なるほど、確かに炭原さんの言う通りだな、又野君。では僕と炭原さんで理事長に事情を話してみるとしよう。又野君は匂宮さんの両親に連絡を取ってみてくれ。匂宮さんを救うことはできなくても、彼女がどんな状況に置かれているか知ることくらいは出来るかもしれない」
「分かった。そっちは任せる。何か進展があったら連絡してくれ」
「よし。一時解散だな」
俺たちはそれぞれ席を立った。
もう既に就任式は終わっていて、俺は真っ暗になったモニターの電源を切った。
部室棟の前で牛山達と別れ、駐車場の方を見ると、黒塗りの高級車の傍らに立つ麻里さんの姿が見えた。
歩み寄り、声を掛ける。
「麻里さん、匂宮の両親に連絡を取ってもらえませんか」
「……何をするつもりですか」
そう答える麻里さんの目の下には深い隈が出来ていた。
麻里さんは放心状態のまま、俺を学校まで連れて来てくれたのだった。
もちろん匂宮が大変な状況なのに俺だけが学校に行くなんて、という考えもあったけれど……あのままマンションに居て、どうにかなるわけでもなかった。
「匂宮をあの男から取り返すために、協力してもらいます」
「何か考えがあるんですか、又野さん」
「いや……でも、早いうちに出来る限りのことはやっておかないと」
「又野さんのお嬢様に対するお気持ちには感謝します。ですが、私はお嬢様のメイドとして反対です」
「反対……ですか」
意外な一言だった。
一瞬戸惑う俺を他所に、麻里さんは言葉を続ける。
「お嬢様は又野さんを守るためにあの男の言うことに従ったのです。それなのに又野さんは自ら危険な目に遭おうと言うのですか?」
太腿の傷が痛む。
「だけど、このまま匂宮をグループの代表にしてしまって良いんですか? 匂宮が苦しむのは分かっているじゃないですか」
「お嬢様は……いずれグループを背負われる方です。休息の時間が少し縮まっただけです」
「他人を武器で脅していうことを聞かせるような男のところに、匂宮を置いていて良いんですか!?」
「それは―――しかし、秋川にとってお嬢様の存在はいわば生命線です。酷いことはされないはずです」
「秋川が目的のために手段を択ばない人間なのはあなたも知っているはずです。利用価値がなくなれば簡単に切り捨てるでしょう。匂宮が危険な状況に置かれていることは変わりません」
麻里さんは何かを考えるように両目を閉じ、そしてもう一度開けた。
「……分かりました。前グループ代表に連絡をします」
※