ラブコメみたいな日々のおわり その④
※
秋川の狙いはすぐに分かった――少なくとも表面的には。
『私が父に代わって匂宮グループの代表となった、匂宮来夢です』
コンピューター研究部の部室にあるモニター。
そこには、ネット中継が行われている匂宮グループ新代表の就任式の様子が映し出されていた。
匂宮が連れ去られて数時間後、俺は牛山たちに声を掛け、授業も受けずにこの部室に籠っていた。
「再びグループの代表を務められるくらい、匂宮さんは回復した……というわけではなさそうだね」
モニターを眺めながら牛山が呟く。
俺は何も言わず、中央の席に座る匂宮を見つめていた。
うつろな表情を浮かべる彼女は、書かれた台本をただ読んでいるだけのような、抑揚のない口調で代表就任の挨拶を続けていた。
周囲に秋川の姿は無い。ただ、匂宮の隣に座っていたのは彼女の両親などではなく、不祥事で退任させられたはずの谷津咲だった。
ちなみに彼の肩書は『スペシャルビジネスマネージャー』というよく分からないものだ。
「ビジネスマネジメントといえば経営学のことですけど……どのあたりがスペシャルなんでしょうね」
丸椅子に座った炭原さんが淡々とした声音で言った。
匂宮のグループ代表への再就任。それだけが秋川の狙いだとは思えない。恐らくは―――。
「匂宮を傀儡にして、実権は自分が握ろうっていう算段か」
「あの男が考えそうなことですね」
「……え?」
まるで秋川のことを知っているような炭原さんの言葉に、俺は思わず彼女の方を見ていた。
炭原さんはそれ以上何も言わず、黙って就任式の様子を眺めていた。
「とにかくだ。匂宮さんは秋川という悪い男に攫われて望まぬ役割を押し付けられているってわけだね」
牛山の言葉に、俺は頷いた。
「簡潔に言えばそういうことになる」
「そしてその男は君の父親でもあり、因縁の相手でもある」
「残念なことにな」
ふう、と牛山はため息をついた。
「君は生傷が絶えないな。頭の怪我が治ったかと思ったら次は足かい?」
俺の足に巻かれた包帯に視線を向けながら、牛山が言う。
俺は曖昧に笑って答えた。
「もう痛みは引いてるんだ。麻里さんが応急処置をしてくれたから」
「あまり無理はしないでくれよ。友人としては何か手を貸してやりたいところなんだけど……いい方法が思いつかないな。すまない、又野君」
「気にするなよ。元々俺の問題だし」
「しかし、君も匂宮さんも我がコンピューター研究部の部員だ。部員の問題は部長である僕の問題でもある。何か協力できることがあったら何でも言ってくれ」
「ああ、ありがとう」
とはいえ。
既に事態は動き出している。
匂宮を秋川の手から取り返す―――そんなことが、俺に出来るんだろうか。