ラブコメみたいな日々のおわり その③
「匂宮……!」
唇をかみしめ、匂宮が答える。
「要望を言いなさい」
「元ご当主には私と同行してもらう。段取りは既に済んでいるのです。……おっと、そこの女。余計な真似をするとこのガキの脳みそが飛び散るぞ。その武器を捨てろ」
「……!」
匂宮の背後で、麻里さんが両手を下ろす。その袖から拳銃が二丁落下し、床に転がった。
麻里さんは秋川を睨みながら呟いた。
「この周囲には匂宮家の護衛が居たはずですが?」
「秋川家のプロを雇って排除した。確認してみると良い。血の一滴も残っていないはずだ」
「っ……」
それきり麻里さんは何も言わなかった。
秋川は再び匂宮に顔を向け、口を開いた。
「さて、返事を聞かせてもらいましょうか。それとも警察を呼ばれますか? 私は構いませんが、その場合このガキは死ぬことになりますね」
「匂宮、俺に構うな!」
「どうなさいます、元ご当主。それともこいつの顔面に穴が開かなければ、私の言っていることの意味を理解してもらえませんか?」
匂宮は俯き、そして絞り出すような声で言う。
「……分かったわ。あなたについていきます」
「賢明な判断です。さあこちらへ、元ご当主」
秋川は俺の首を絞めていた手を放すと、代わりに匂宮の肩に手を置いた。
そしてもう片方の手に握った拳銃を、匂宮の頭に押し当てる。
「秋川――何をする気なんだ」
「黙って見ていろ。すぐに分かる」
秋川が匂宮を前へ押し出すようにして歩き出す。
それを追いかけようとして、後ろから麻里さんに肩を掴まれた。
「……どうして止めるんですか?」
「お嬢様に危険が及ぶ可能性がある限り、止めざるを得ません。私は来夢様のメイドですから。それに今追いかけても……」
「何ですか?」
「秋川家のプロを雇ったと言っていました。殺しに特化した彼らがあの男の護衛をしているとしたら、勝ち目はありません。跡形もなく消されてしまうでしょう」
―――クソ。
最悪だ。
匂宮の後姿が徐々に遠ざかっていく。
結局俺は何も出来ないって、ことか。
「どうにかする方法はないんですか? このままだと匂宮が何をされるか分かりませんよ」
麻里さんは苦しそうな表情で首を振った。
「お嬢様は又野さんを守るためにあの男に従ったのです。お嬢様のメイドとして、あなたに危険が及ぶようなことをさせるわけにはいきません」
「警察に知らせれば……」
「ダメです。そんなことをしたら、あの男を刺激するだけです」
そんな。
匂宮は俺を助けてくれたのに。
俺は匂宮を助けることができない。
気が付けば、匂宮の姿は秋川と共に消えてしまっていた。
「又野さん。今は傷の手当を」
思い出したように太腿が痛み出す。
出血のせいか、頭が重く視界がくるくると回っているような気がした。
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