この世のあらゆる残酷さから、あなたを守ってあげたい その①
「お前こそ何しに来たんだよ……俺に何か用でもあるのか?」
「は、白昼堂々何してんのよ! その子は誰なの!? まさかデリヘ―――」
「退学になった瞬間デリ〇ル呼ぶ高校生がどこにいるんだよ! お前の頭の中は新宿歌舞伎町か!?」
すっ、と袖を引っ張られた。
見ると匂宮がこちらを見上げていた。
「又野くん、デ〇ヘルって、なあに?」
「き、気にするなよ……。大人になったら分かるよ……」
「何ふたりでこそこそ話してるのよ! その子いったい誰なのよ!? なんであんたの家にいるのよ!?」
「腹減ったっつーから飯食わせてやってんだよ。お前こそ俺に何の用だ?」
俺が言うと大彌はセミロングの髪を揺らしながら、ふんと鼻を鳴らした。
「退学だなんて可哀そうだから、チャンスを与えてあげようと思ったのよ。あんたが泣いてあたしに懇願するなら退学を取り消すようお父様にお願いしてあげるわ」
高圧的な口調で俺を見下ろす秋川。
普段穏やかな心を持つ俺も、さすがに激しい怒りを抑えられなかった。
「あのなあ、誰のせいでこんなことになったと思ってんだよ! お前が俺を痴漢呼ばわりしたせいだろうが!」
「だからチャンスをあげるって言ってるでしょ? ほら、土下座でもしてみなさい、又野」
マジで意味が分からない女だ。
謝るのはそっちじゃないのか?
怒りのあまり冷静さを欠こうとしている俺の横で、匂宮が呟いた。
「だったら私の通う学校に来る?」
「え?」
俺は匂宮の顔を見た。
彼女は冷静な表情のまま言葉を続ける。
「編入手続きはこちらでやってあげるわ。そうすれば解決でしょう?」
「そ――そんな都合の良い話、あるのかよ」
「匂宮グループの傘下にある学校だもの。何も問題はないわ」
「グループ? 傘下? どういうことだ?」
「そうよそうよ、訳の分からないこと言ってんじゃないわよ。このあたしがせっかくこいつの退学を取り消してあげようとしてあげてるんだから、邪魔しないでくれる?」
「だから、そもそもそれは冤罪だろ!」
「冤罪だろうが何だろうが、あんたが退学になっちゃったのは事実でしょ? 現実を受け入れなさい。そしてあたしに媚び諂へつらいなさい!」
なんだこの女……っ!?
こいつはいつもそうだ。
俺が何かしようとするたびに偉そうな態度で俺に絡んでくる。
朝になると電話かけてくるし、登校する時はいちいち付きまとってくるし、夜になると残飯とか言いながら食べ物持ってくるし、サボろうと思って保健室の周りうろうろしてると体調が悪いのかとかいちいち聞いて来るし……。
「あの人、本当は又野くんに構って欲しいだけじゃないのかしら?」
隣で匂宮が言う。
そんな馬鹿なことがあるわけがない。
俺は首を振った。
「こいつに限ってそんなわけないだろ。だったらなんで俺のことを退学にしたんだ? 大彌にとって俺は邪魔なだけなんだよ。な、大彌」
「あっ――――当たり前でしょ! 別に又野のことなんか、好きでもなんでもないんだからねっ!」
怒っているのか、大彌は顔を真っ赤にしながら怒鳴った。
匂宮が立ち上がったのはそのときだった。
「本当にそうかしら」