外の世界へ… その②
一階へ降りるためのエレベーターすらも、彼女にとっては久しぶりの体験である。
「私の牧場にはエレベーターなんてなかったから、久しぶりに乗ったわね」
なんて冗談を言う余裕はあるらしい。一安心だ。
マンションのエントランスを出て、ひとまず、あまり人通りの多くないエリアへと歩き出す。
「私、部屋着のスウェットで来ちゃった」
「それでも十分可愛いよ」
「そう? だけど又野くんと一緒に歩くのなら、やっぱりちゃんと制服を着てきた方がよかったかも……」
「ちょっとキツくなってるかもな」
「どういう意味?」
ぎゅうっ、と匂宮は手に力を込める。
「痛い痛い痛い……」
「自堕落な生活をしてたからって太ってないし、万が一、体重が増えていたとしても、それは太ったんじゃなくて成長よ」
「わかったって…………ん?」
手に思いっきり力を入れられたことで、ふと違和感を覚えた。
なんか、匂宮の手の感触が今までと違うような。
これは……。
「匂宮、手にマメできてない?」
「……えっ?」
「俺もあるよ。FPSのやりすぎで、親指のところに」
「あ、えっと……そうね。私も牧場を満喫しすぎたみたい。エベレストたちに夢中になっていたから、そのせいね」
なんて、どこか取り繕うようなぎこちなさを見せる匂宮。
それが少し引っ掛かりはしたものの。
「あ、ところで……大会、もう明日よね?」
と、彼女が話題を転換したので、それ以上特に深入りすることなく、そちらに付き合う。
「早いよな。匂宮が支援してくれたおかげで三人での練習もかなりできたよ。ありがとう」
「又野くん、お礼を言うのは勝ってからでしょう?」
「……ん、確かに」
俺も牛山と同じことしてるわ。
「どう? 優勝できそう?」
「どうだろうな。周りの人と比べると俺たちはやっぱ歴が浅いわけだし、そう簡単には行かないと思う」
「まあ、競技である以上はどの世界でもそうよね」
「ああ。けどな、なんと俺には、必ず優勝できる秘策がある」
「なぁに?」
「匂宮が応援に来てくれたら勝てるよ」
「本当?」
「本当だ」
「……絶対に?」
「ああ、絶対」
「ふふっ、そう」
俺の頑なな返事を聞いて、匂宮は吹きだした。
そして、その楽しげな表情のまま、俺の目をまっすぐに見つめて――言う。
「じゃあ行くわ」
「お、本当に? 絶対?」
「えぇ、絶対に。なにせ、久しぶりに登校したら自分の部活がなくなってました――なんて、嫌だから」
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