俺と令嬢はひかれあう その④
「冤罪で退学なんて、考えれば考えるほどひどい話だよな」
「ええまったく」
「……なんだよ、どこ見てんだよ」
「いえ、早く食べなければ麺が伸びてしまうのではないかと思って」
「ああ……そうだよな」
いつの間にか匂宮のカップ麺は空になっていた。
意外と食うの早いんだな、なんて思いながら麺を啜っていると、匂宮が何か言いたそうな顔をしているのに気が付いた。
「……なんだ?」
「それ、伸びてて美味しくないのではないかしら」
「いや、普通に美味いけど」
「……ああ、そう」
「なんでそんなこと訊くんだ?」
「いえ……もし食欲が無いのなら私が食べてあげようと思っただけよ」
残念そうにため息をつく匂宮。
「なんだよ、食べたいならそう言えよ。ほら」
「そっ、そんな! 私は人の食べ物をねだるような卑しい女じゃない―――のだけれど、美味しいものは人を狂わせてしまうのねっ!」
俺が箸で麺を掬ってやると、匂宮はそこへ顔を寄せ、そのまま美味しそうに啜った。 まるで野良猫を餌付けしてるみたいだな――って。
ちょっと待て、ヤバいって。
「あ、ええと、匂宮」
「何かしら」
匂宮は小さな舌で可愛らしく唇を舐めた。
「いやその……これって間接キスじゃないの?」
「え」
一瞬だけ呆気にとられたような顔をした匂宮の頬に、だんだん赤みが差していく。
「は――箸は自分の使えよ。食っていいから」
「ちょ、ちょっと! そういう問題じゃないわ! これはもっともっと深刻な問題なのだと思うのだけれど!?」
「深刻な問題?」
「いえ、その、だから……初めてに入るのかどうかということよ」
「は……初めて?」
俺が訊き返すと、匂宮は頬を赤くしたまま恥ずかしそうに視線を逸らし、
「か――間接キスは、初めてのキスに数えるのかどうか―――ねえ、どうなの?」
ど……どうなのとか訊かれても!
「し、知らねーよそんなの!」
「大事な問題だわ! 分からないなら調べてくださるかしら!?」
「そんなことより俺はお前に痴漢で訴えられないか心配になって来たんだが!?」
俺が言うと、匂宮は突然冷静な声音で、
「あなたは私を空腹から救ってくれた恩人よ。どうして恩人を訴えなければならないのかしら」
「……ああそう。それは助かるよ」
「それよりも私のファーストキスの味はどうだったかしら?」
「いやいやいやいや、はっきり言って俺はノータッチだから! 味わうも何も虚無だから!」
俺が使った箸に匂宮の唇が触れたというだけで!
マジで俺は無罪だから! 最高裁判所もそう言ってるから!
「じゃあ仕方ないわね。美味しいものを食べさせてくれたお礼」
匂宮が片手で金髪を耳にかける。
次の瞬間、俺の唇に何か柔らかいものが触れた。
世界が止まったような気がした。
目の前に匂宮の瞳が――やや青みを帯びた相貌があった。
息が苦しくて―――ようやく呼吸ができたとき、匂宮は俺から顔を離していた。
唇には柔らかな感触がまだ残っていた。
「……なっ、えっ、何!? どういうこと!?」
「だから、お礼よ。正真正銘のファーストキス」
「な、ななな何で!?」
「だって嫌じゃない。最初のキスが中途半端なままなんて」
「だ、だからってお前、」
それでいいのか、と俺が言おうとしたのと同じタイミングで、部屋のドアが勢いよく開いた。
「痴漢が原因で退学だなんて無様ねぇ、又野。泣いて懇願するなら助けてあげなくもないわよ―――――ってあんたたち何してんのよっ!?」
ツッコミを入れながら他人の部屋に無断侵入してきたのは、大彌だった。