会合 その③
「……その件に関しては既にグループ内へ情報を」
「待ってください。私から説明しましょう」
匂宮は進行役の男の発言を片手で制すと、言葉を続けた。
「既にグループ内各社に情報をお伝えした通り、先日何者かが私の誘拐を企てるという事件が起こりました。犯人の身柄は確保されているものの、その目的や動機は一切不明のままです。再発防止として既に周辺警護に当たる人数を増員し対策を行っています。この度はグループ内の皆様にご心配をおかけし申し訳ありません」
大人たちに向かって一礼し、腰を下ろそうとする匂宮を引き留めるように、谷津咲が声を上げた。
「お待ちください、代表。私がお尋ねしたいのは事件の詳細ではなく、あなた自身の行動についてです」
「……私の行動ですか?」
「ええ。事件の当日、あなたは同学年の男子生徒と外食をなさっていたそうですね。あくまでもあなたは匂宮グループの代表なのですよ。それが異性と交遊などと。今回の事件は、あなたのそうした軽はずみな行動が起こしたという側面もあるのではないですか?」
谷津咲の目がいやらしく光る。
明らかにさっきの八つ当たりだ。自分の業績を責められたことに対する腹いせに、匂宮を貶めようとしているんだ。
俺は思わず立ち上がろうとしたが、一瞬だけこちらを振り返った匂宮の瞳を見て、座り直した。
大丈夫だから座っていて――匂宮の瞳はそう告げていた。
「……ご忠告痛み入ります、谷津咲社長」
「謝罪は必要ありませんよ。それよりも事実の説明を。代表の後ろに座っていらっしゃるのが例の男子生徒なのでしょう? 部外者をこの会合に同席させていることについては後でお尋ねするとして、そもそもいったい彼とはどういったご関係なのですか、代表」
下卑た笑みを浮かべる谷津咲。
しかし、匂宮は冷静な声音で答える。
「先ほど私は、匂宮マテリアルの再建について不正がないようにとお願いしましたね」
「……は? 何の話でしょう?」
「匂宮マテリアルの収益は緩やかに減少している―――このデータは本当に正確なものですか?」
「何をバカな。代表は私が、わざわざ業績が悪化しているデータを作成したとおっしゃりたいのですか? 業績が向上しているというデータに改ざんしたというのならともかく、どうしてそんなことをしなければならないと?」
「いいえ、私がお聞きしたいのはそのデータにおける利益の減少幅です。匂宮マテリアルの財務諸表を確認させていただきましたが、今回提示されているデータにおける利益の減少よりも、経営状況は明らかに悪化していませんか? ……本当であればこのような場ではなく、後程個別にお伺いしようと思っていましたが、仕方ありませんね」
匂宮が司会の男性に合図をすると、会場のスクリーンに折れ線のグラフが表示された。
その瞬間、谷津咲は分かりやすく目を泳がせた。
「そ、そのデータは……っ!?」
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