会合 その②
車は都市高速に入り、更にスピードを上げた。
街の空を埋めるように張り巡らされた都市高速からは、並び立つビルを見下ろすことができた。
もしかすると、このビル群のどこかに秋川がいるのかもしれない。
その想像が逃れられない不安へと変わって、俺の心臓を鷲掴みにしているようだった。
秋川は俺の父親。
匂宮の誘拐を計画したであろうあの男の血が、俺の身体には流れている。
そんな俺が匂宮の隣にこうして座っていることは何かの罪に――法律で裁けないような、人間の道徳観や倫理観に根本的に反するような罪に当たらないのだろうか。
それとも。
匂宮を少しでも安心させるために金持ち同士の会合に参加するという行為が、匂宮に対する何らかの罪滅ぼしになるのだろうか。
ふと隣を見ると、匂宮が俺の方を見ていた。
彼女は強張った顔で微笑むと、呟く。
「そんなに長い時間はかからないから。付き合わせてしまって悪いわね」
本当は匂宮の方が辛いのだということは、俺にも分かり切っていた。
俺は精いっぱいの笑顔を作って、答えた。
「気にするなよ。パートナーだろ」
いつのまにか日は完全に落ちてしまっていた。
匂宮の瞳に反射する道路沿いの灯りがすごい速さで後ろへ過ぎ去っていく。
このまま俺、死んじゃえばいいのに。
※
「続いて中間決算の議題に移りますが、現段階での収益は―――」
ホテルの広間ではスーツ姿の男たちが所狭しと席に座っていた。
さっきから聞いたこともない用語や数字が間断なく飛び交っているが、それが匂宮にとって嬉しい報告なのか、それとも聞きたくないようなことなのか、俺には判断がつかなかった。
「匂宮マテリアル社について収益回復の目途が立っていないのには何か理由が? 谷津咲社長」
進行役の男に名を呼ばれ、猫背の中年が立ち上がる。
「……原価高騰の煽りを受けております。今はそれしか」
「社長の就任以降、匂宮マテリアルの業績は悪化の一方です。何かしらの指針を示していただかなくては」
「現在、社内の最重要案件として検討に検討を重ねております。しばしお時間を」
「よろしいでしょうか、匂宮代表」
会場全体の視線が匂宮に集中する。
匂宮は動じる様子もなく、ただ静かに頷き、言った。
「構いません。くれぐれも不正のないように」
「まさか我が社が不正など、とんでもございません。代表のご期待に添えますよう邁進してまいります」
慇懃に頭を下げ、谷津咲は再び腰を下ろした。
「では、質疑応答に移ります。今後のグループ運営に関して質疑のあられる方は挙手を」
ぱらぱらと手が挙がり、決まり文句のような会話が数度繰り返される。
発言も収まり、そろそろ会も終わりかと思われた頃、谷津咲が手を挙げた。
「……匂宮マテリアル社、谷津咲社長。発言をお願いします」
名を呼ばれ、谷津咲は恭しい様子で立ち上がる。
「匂宮マテリアル社、谷津咲でございます。率直にお尋ね申し上げます。先日の匂宮代表の誘拐未遂事件につきましてご説明をいただきたく思っております」
誘拐未遂事件という言葉に、会場が凍り付くのを感じた。