俺と令嬢はひかれあう その②
吸い込まれるような緑色の瞳と目が合った俺は、思わず声をかけていた。
「……雨宿りか?」
「ええ。あなたもそうなの?」
「ああ……まあ、そんなとこだ」
「そう」
少女は再び道路の方に顔を向けた。
「……誰か、待ってるのか?」
「いいえ、違うわ」
「じゃあなんでこんなところに居るんだよ。家は?」
「今は――帰れない」
どういうことだ?
よく分からないけど、何か訳アリってことか。
「早く止むといいな、雨」
「……止んでも私、行くところなんてないわ」
少女はアンニュイな声音で言った。
「どういう意味だよ?」
「色々事情があるのよ、私にも」
「ああ……さては家出だな?」
うっ、と少女が呟く。
「優れた洞察力を持っているのね」
「ありがとう。気持ちは分かるぜ。勢いで家を出て来ちゃって引っ込みがつかなくなったんだろ?」
「何から何までその通り。まったく、嫌になっちゃうわね―――」
その瞬間、少女は糸が切れたようにベンチへ倒れこんだ。
さすがに俺は慌てた。
「ど、どうした!? 大丈夫か!? 病気なのか!?」
俺に返事をするように、ぐう、という間抜けな音がした。
まさかこれは――腹が鳴った音か?
少女の顔が徐々に赤くなっていく。
「辱めだわ……」
「ひょっとしてお前―――腹減ってんのか?」
少女が微かに頷く。
行き倒れってことか? このご時世には珍しい。その割には高級そうな服着てるけど……。
「……仕方ない。俺の家で何か食うか? いつまでもこんなところにいるわけにもいかないだろ?」
「だけど……他人の施しを受けるわけには」
「気にするなよ。それともここで飢え死にする気か?」
少女は少し考えるようなそぶりをして、それから覚悟を決めたように言った。
「あなたの言葉に甘えさせていただくわ」
「そうか。じゃあ……行くか」
俺は少女の前に屈み、背中を向けた。
「……何?」
「いや、そんな調子じゃ歩けないだろ。おぶってやるから」
「で、でも……見ず知らずのあなたにそこまで甘えるわけには」
「じゃあ歩くか? 悪いけど、俺の家まで20分くらいは歩くぞ」
「20分は……歩けないわね。赤子にフルマラソンを走らせるようなものだわ」
「どんな例えだよ」
そう答えつつ、俺の首に手を回した少女を背中に、俺は立ち上がった。
「そういえばあなたの名前を聞いていなかったわ。教えてくれるかしら」
「俺は又野さわる。君は?」
「私は匂宮来夢。よろしくね、又野くん」
いつの間にか雨は上がっていて、雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいた。
俺は匂宮を抱えたまま、家に向かって歩き始めた。
「……で、年齢は?」
「女の子に歳を訊いてはいけないって、幼稚園で習わなかった?」
「ごめん、俺、保育園だったから」
「君の口は余計なことを言うのね。意外だわ」
「うるせえよ」
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