事件の後 その②
「しかし君も大変だったみたいだね。治療の跡が生々しいよ」
牛山は俺の頭の包帯を見ながら言う。
「まあ……軽傷で済んで良かったよ。どちらにしても匂宮は守れなかったわけだけど」
「君が気に病むことはないさ。人を車で拉致するなんてこと、普通は考えつかないよ。君に原因があるわけじゃない」
カセット交換を終えた牛山が再びゲーム機の電源を入れる。
モニターにゲームのタイトル画面が表示された。
「…………」
俺は右手に匂宮のてのひらの感覚を思い出していた。
あの手を放さなければ匂宮は怖い思いをせずに済んだ―――そんな考えが四六時中、俺の頭の中に浮かんだり消えたりしていた。
「君は匂宮さんを助けようとしたんだろ。君は出来ることをやった。もう自分を責めるのはやめた方が良い」
「そう言ってくれると……少しは気が楽だよ」
俺はコントローラーを握り直した。
匂宮の泣いている顔を忘れるように、ゲーム画面に集中した。
色を揃えてブロックを消していく、俺も知っている有名な落ちものパズルゲームだ。
「それよりカフェの感想を教えてくれ。率直に言ってどうだった? 気になるところはあったかい?」
「いや、居心地のいいカフェだったよ。お客さんも多かったみたいだし、料理も美味しかった。ただ……」
「ただ?」
「カフェのメニューに牛丼っていうのはどうなんだ? 注文する人いるのか?」
俺の言葉に、牛山は気が抜けたように笑った。
「こだわりなんだよ。ただカフェをやるだけじゃつまらないだろう? もちろんカフェに牛丼が似合わないのは知ってるさ。それでも、捨てられないプライドってものがあるんだろう―――僕の父親にはね」
「親父さんの意思ってことか」
「意外と頑固なところがあって困るよ」
牛山が対戦モードを選択し、画面が切り替わる。
やったことはないけれど、まあ、普通のパズルゲームだ。全く敵わないってことは無いだろう。
そんなことを考えていると、牛山は落下してくるブロックを凄まじいスピードで組み始めると、あり得ない数のコンボを繰り出してきた。
マジか、と思っている間に俺の画面には『YOU LOSE』の文字が表示されていた。
「初心者相手に15連鎖って……どうやったらそんなスコアが出せるんだ?」
「ちょっとしたコツがあるんだ。教えてあげるよ、又野くん」
そう言いながら、牛山はポケットから取り出したクロスで眼鏡を拭き始めた。
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