令嬢とデート その⑨
「匂宮!」
車から飛び降りた俺はワゴン車に駆け寄った。
ドアノブに手をかけ引っ張る――と同時に中から現れた男の拳が、俺の顔面にクリティカルヒットした。
「っ……!」
ヤバい、敵に攻撃されることを何も考えていなかった。
そりゃあ相手は誘拐犯なんだから、抵抗の一つや二つもやってくるか。
男の背後で、両手をバタバタさせながら暴れる匂宮の姿が見えた。脇に座る男に押さえつけられている。
車を降りて来た男が俺めがけて拳を振り上げた。
俺は反射的に、相手の股間めがけて思いきり右足を振った。
「―――ッ!」
直撃した感触。
蹲る男を尻目に、俺は車内へ飛び込んだ。
「匂宮!」
さっき殴られたせいか、口の中で出血していた。
鉄の味を感じながら、俺は匂宮に手を伸ばした。
「又野くん!」
こっちに気付いた匂宮が、泣きはらしたような目でこちらを見る―――が、その傍らの男の方が速かった。
男は俺を見ると、両手でこっちに掴みかかって来た。
大柄な男だ。体格差を考えると全く勝ち目がない。
そのまま俺は車内から押し出され、男にのしかかられた。アスファルトの地面に後頭部をぶつけ、目の前がチカチカした。
や……ばい、さすがに。男子高校生一人でどうにかなる状況じゃない。
だけど匂宮だけは逃がさなきゃ―――。
そのとき、俺は、ワゴン車の上に黒い影が落下してくるのを―――見た。
がしゃあん、と派手な音を立てながら現れたその影はゆらりと立ち上がると、長い丈のスカートをはためかせながらこちらを見下ろした。
「………あなたたち、死にたいみたいですね」
強烈な殺気を放ちながらこちらを見下ろすその女性は、麻里さんに他ならなかった。
麻里さんはワゴン車の天井を蹴り、一瞬でこちらに肉薄すると、僕に馬乗りになっていた男の腹部に蹴りを入れた。
男は身体をくの字に折りながら、白目をむいてその場に倒れた。
「麻里……さん?」
「あとでお怪我の治療をしてさしあげますね、又野さん」
一瞬だけいつもの笑顔を浮かべた麻里さんは、すぐに冷酷無比な殺し屋のような表情に戻り、車内に飛び込んでいった。
そして車が二、三度揺れたかと思うと、ドアが蹴り開けられ、中から運転手らしき男とその仲間が外へ放り出された。
男たちは腕や足が変な方向に曲がっていて、地面に倒れた体勢のままピクリとも動かなかった。
「に……匂宮!」
俺は最後の力を振り絞って立ち上がり、車内へ駆けこむ。
同時に、俺の目の前へ小さな影が飛び出してきた。
「又野くん!」
匂宮だ。
その身体を俺は両腕で受け止めた。
「大丈夫だったか、匂宮」
「うん。でも、でも、怖かったよぉ……っ!」
そう言って匂宮は、俺の胸に顔を埋めたまま、肩を震わせて泣き始めた。
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