令嬢とデート その⑧
「その定点カメラの映像なんですけど、こんなたくさんのカメラがあるなんて知りませんでしたよ」
「……ええと、情報は重要な経営資源です。人々の動向を把握するために、匂宮グループが街中に設置しているんです」
「え……それってプライバシー権とか大丈夫なんですか?」
「そ、それは関係ないんですよ。経済を掌握する財閥を前に、個人の倫理観など通用しません。それに、ある程度の資金があればそういった声をもみ消すことなど造作もないんです」
「ま……マジっすか」
「マジです。怖いですよねえ」
まるで他人事みたいに呟く理事長。
風でピンクの髪がばさばさと揺れていた。
「でも、一体誰が匂宮を……」
「い、いくら子供とはいえ財閥の代表ですから、その身柄を狙っている人間は多いと思いますよぉ……? ま、まあ、誘拐なんて直接的な手段を取って来るとは、誰も想像しなかったでしょうけど」
「匂宮グループを恨んでいる人たちも多いってことですか?」
「で、ですね。この間の秋川家との一件もあるし―――まったく、よりにもよって秋川家ですからね。相手がちょっと悪かったかも……」
秋川家の一件というのは、恐らく俺の父親の件のことだろう。
「相手が悪いって、どういう意味です?」
「ええと、秋川家は戦前から謀略と暗殺を司る一族です。財閥同士が勢力争いを繰り広げる裏で暗躍していたのが秋川家―――」
「詳しいんですね」
「は、はい。かつては大鳥家もそうした勢力争いに参加していましたから」
徐々にワゴン車が近づいてくる。
間違いない。あの車だ。
「寄せてください、理事長」
「ど、どうするつもりなんです?」
「―――飛び乗ります!」
「そ……それは無茶ですよ! 私の大事な生徒に怪我をさせるわけにはいきません!」
「じゃあどうしたら――」
「ま、任せてください。考えがあります」
修理代は匂宮家に請求しますからね、と呟いて、理事長はさらにアクセルを深く踏んだ。
加速したオープンカーはそのままワゴン車と横並びになると、体当たりをするように相手の側面部に車体をぶつけた。
「う、うおおおっ!?」
車体が衝撃で揺れ、サイドミラーがはじけ飛ぶ。
ワゴン車とオープンカーがぶつかり合った部分から火花が散った。
横に逃れようとしたワゴン車はガードレールにぶつかり、その車体を擦りつけながらしばらく進むと、街路樹にぶつかってようやく停車した。
理事長は急ブレーキをかけ、側面がぼこぼこになったオープンカーをワゴン車に横づけした。