令嬢とデート その⑦
「わ、悪い。つい咄嗟に」
「い、いいえ、良いのよ。危ないところだったし」
言いながら匂宮は、俺から手を放した――――瞬間。
大型のワゴン車が俺たちのすぐ傍らに急停車しドアが開け放たれたかと思うと、そこから伸びた手が匂宮の身体を抱え上げ、彼女を車内へ押し込むと同時に急発進した。
「え」
いきなりの出来事に、俺は頭の中が真っ白になった。
匂宮が――いなくなった?
車が来て、連れていかれて……つまり、誘拐された?
誘拐されてしまった、匂宮が。
ヤバい。
えっ、どうしよう。
白色のワゴンだった。それは覚えてる。
だけどもう道路の向こうへ行ってしまって、とても追いつけない。
匂宮の手の感覚が、まだ手のひらに残っていた。
あの手を俺が放さなければ―――!
不意に、目の前にオープンカーが停まった。
乗っていたのはピンク色の髪をした女性――大鳥理事長だった。
「転入生さん、こんなところで何してるんです?」
「大鳥理事長……!?」
そっちこそなんでこんなところに、と聞こうとして、助手席にナック菓子やライターが詰め込まれたビニール袋があるのを見つけた。
多分パチンコの帰りだ……。
「お悩み事ですか? 随分深刻そうな顔をしてますけど」
「そ――そうなんです理事長! 匂宮が、匂宮が誘拐されてしまって!」
「ええええええええっ!!?」
大声を上げる大鳥理事長。
その声に、通行人が何人かこちらを振り返った。
「どうにかして助けないと――理事長、手伝ってください!」
「じ、事情は分かりませんがとにかく理解しました。転入生さん乗ってください!」
「ええと、俺、又野です!」
俺は後部座席に飛び乗った。理事長が素早くギアを操作し、オープンカーは勢いよく発車した。
「相手はどんな車ですか!? 方向は!?」
「白いワゴン車です! このまま直進で!」
「白のワゴン車……!」
車道に躍り出たオープンカーは、クラクションの嵐に包まれた。
そんな中、理事長はカーナビを操作し画質の粗い画面を表示させた。
「この映像は?」
「しゅ、周辺の定点カメラのものです。代表を誘拐した車は映っていますか?」
「え? ……ああ、これだと思います。この信号待ちしてるワゴン車」
「分かりました。又野さん、しっかり掴まって!」
「は、はい!?」
オープンカーは更にスピードを上げる。
俺は反動で後部座席のシートに身体をぶつけた。
走っている車の合間を縫うようにして、俺たちの乗るオープンカーは凄いスピードで走った。