令嬢とデート その⑥
※
「かなり美味かったな」
食事を終え、俺たちは店を出た。
「ええ、そうね。人気が出ると思うわ」
麻里さんへの連絡を終えた匂宮が、スマホを鞄にしまいながら言う。
そう言えば、メニューの中に牛丼のページがあったな。
牛山家が経営する系列のお店なのだから納得できないことはないんだけど、あのお洒落な雰囲気の中で牛丼を食べたい客がどのくらいいるのだろうか……。
まあ、とにかく、学校に行ったら、牛山にお礼言っとかないといけないな。
外は日差しが暖かく、少し暑いくらいだった。
もう少し店内で待っていても良かったかもしれない。
「麻里さん、どのくらいで来てくれるかな?」
「そこまで時間はかからないと思うのだけれど……そうね、ただ待っておくだけというのも退屈だわ。その辺りをお散歩しましょうか、又野くん」
「いいね、賛成」
店のすぐ隣は公園で、遊歩道が設けられていた。
軽い足取りで歩き出す匂宮を追って、俺も歩調を速めた。
匂宮は縁石に飛び乗ると、両手を左右に広げてバランスを取りながら、一歩一歩進んでいく。
「私の両親は今、遠くにいるのよ」
「遠く?」
それってお空に行っちゃったとかお星さまになっちゃったとかいうニュアンスなのか?
「死んじゃったわけじゃなくて、財閥の仕事で海外にいるの」
「ああ、なるほど」
良かった。
ちょっと安心した。
「私は匂宮家18代目の当主だけれど、17代目の当主は父だったの。私たちは【匂宮財閥】という巨大なシステムを円滑に機能させるための人身御供のようなものなのよ。両親は、システムを動かす歯車の一つとして働いているの」
「………匂宮は、匂宮家の当主をやめたいのか?」
匂宮が足を止め、こちらに顔を向ける。
「どうしてそう思ったの?」
「いや、なんとなく――そんな気がしたから」
「やめるもやめないも、匂宮家に生まれた時点で一生を匂宮家のために捧げることは決まっているの。それに抗うことは出来ない。ただ少し……死ぬまで匂宮家として生き続けることに、憂鬱さを感じているだけよ」
「それでも、匂宮が匂宮家に生まれていなかったら、今頃俺は借金まみれでどうなってたか分からないぜ?」
「そう言ってくれると気が楽だわ……っと」
匂宮の身体が揺れる。
咄嗟に俺はその手を取った。
匂宮はバランスを取り戻し、縁石の縁に踏みとどまった。
「気を付けろよ。転んだら怪我するぞ」
「え、ええ……うん。ありがとう」
そう言って握られた手を見つめる匂宮の頬は、少し赤くなっていた。
……あ、手。
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