俺と令嬢はひかれあう その①
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気が付けば、俺は通学カバンを片手に校門の前に立っていた。
相変わらず頭の中は混乱したままだったけれど、だんだん状況が呑み込めてきた。
少し落ち着いて状況を整理してみよう。
俺は――秋川という男の手配でこの学園に入学したはずだ。
理由はどうあれ、俺に住む場所と生活費を与えてくれたのは事実だし、その点に関しては感謝していないわけじゃない。
まあ……全部借金にされたわけだけど。
1000万円の借用書を片手に校舎を振り返る。
あの灰色の空の下に佇むコンクリートの建物に通うことは、もう二度とないだろう。
男子高校生、又野またのさわる。齢17にして路頭に迷う―――。
いや待て、マイナス思考は良くない。
痴漢の汚名を着せられたまま残りの学校生活を過ごすよりは、いっそ退学になった方が良かったのかもしれない。
クラスの人たちからの信頼を失くし、虐められて人間不信に陥るよりは……。
いや、人間不信という点で言えば、今ももう充分人間不信というか……。
とにかく、だ。
1000万円なんて借金、そう簡単に返せるわけじゃない。
コンビニのバイトって時給いくらくらいなんだろう。仮に1000円として、一万時間働けば返せるわけか。
一万時間=およそ420日。
つまり、一年と少しの間ぶっ続けで働けば返せる金額ということだ。
なんか現実味出て来たな。
よし、借金返済のために誠心誠意頑張ろう―――なんて気持ちになるわけないだろ、アホ。
不意に俺の頭上に冷たいものが触れた。
雨だ。
最悪だ。
しかも土砂降りとかじゃない、中途半端な雨。
まるで俺を象徴しているような―――って誰が中途半端な人間やねん。
とにかく帰ろう。
俺は全身を濡らしながら歩いた。
近所の公園に差し掛かったとき、雨が強まり始めた。
くそ、マジで最悪だ。こんなに降るなら止むのを待ってから帰ったのに。
幸いにも公園のベンチは屋根付きで、俺はその軒先に駆け込んだ。
雨は止む気配がない。
こういうふうにじっとしていると、だんだんムカついて来た。
何が痴漢だよ!
冤罪だよ!
女子に触れたことなんて一度もないよ!
くそー、大彌のやつ、事あるごとに俺に突っかかって来るんだよな。
休み時間に一人でいるといちいち声かけてくるし、テストの結果とか聞いて来るし、休みの日とか無意味に電話してくるし……。
挙句の果てに俺を痴漢扱いとか、常識を疑ってしまう。
いや、常識がないのはあいつの父親も同じか。親子そろって非常識だなんて救いがない。
しかし1000万か……。どうしよう。宝くじか、競馬か、パチンコか……。
「くしゅん」
と、そのとき、可愛らしいくしゃみが聞こえた。
見ると、ベンチの隅の方に体育座りをしている女の子がいた。
輝くような金髪の、小柄な女の子だ。刺繍の施された黒いワンピースを身に纏ったその少女はゆっくりとこちらを見上げた。