この又野さわるには過去がある その③
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理事長の席で、秋川は書類に何かサインをしながら俺に話しかける。
「やはり君は余計なことをしてくれたね」
閉じたブラインドから漏れた光が、秋川の背を照らしていた。
秋川は手を休めることなく、次から次へ書類に何かを記入していく。
「…………」
「どう責任を取ってくれるんだ?」
「責任も何も……冤罪だよ。俺は何もやってないんだ」
秋川はやれやれとでも言いたげに、大げさなしぐさで首を振った。
「君がやったかやっていないかなんて関係ないんだよ。重要なのは、君が人間的に最低な行いをしたということが事実として扱われている点だ。本当に起こったことが真実じゃない。真実だと信じられていることが真実なんだ」
「納得できるわけないだろ、そんなこと」
「君は今、私の娘に猥褻な行為をしたとしてここへ連れてこられた。それが現実だよ。そして君以外の全員が、君の猥褻行為を真実だと思っている。全く、恩知らずなのはあの女と同じだな」
吐き捨てるような言い方に、俺は多少の苛立ちを覚えた。
「あんたに母さんの何が分かるんだ」
「君を見ていれば分かるよ。支援してやっている恩も忘れて私の足を引っ張るような行為に及ぶとは、信じられん」
「だからそれは――」
「1000万だ」
「は?」
唐突に示された数字に、一瞬頭が混乱する。
「今まで君を支援するために要した金額に今回の損害を加味した数字だよ。1000万円。これで手を打とうじゃないか」
「1000万、円……!?」
秋川が手を止め、書類を俺の方へ差し出す。
そこには1000万円と記された借用書と、聞いたこともない代理人の名前が、そして書いた覚えがない俺のサインがあった。
「これは君にも渡しておこう。今日からでも働いて返済に努めてくれ。君が住んでいるアパートの契約はそのままにしておくから」
「一体どういう……」
理解が追い付かない。
1000万円?
何が1000万円なんだ?
「分かっていると思うが、君は退学だ。金銭の支援も打ち切らせてもらう。せめて君が浪費した私の金くらいは、きちんと返してくれることを期待しているよ」
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