かつて姫だったもの その④
「に、匂宮! く、苦しいって!」
「あ――ご、ごめんなさい!」
ようやく匂宮が手を放してくれて、俺は顔を上げた。
女の子の股で窒息死はさすがに冗談にならん!
―――幸せな死に方ではあるかもしれないが!
「……気持ちは伝わったよ、ありがとな」
「い、いえ。あまりうまくできなくてごめんなさい」
落ち込んだように目を伏せる匂宮。その頬にはまだ赤みが差していた。
「匂宮の方こそ、具合悪いんじゃないのか? 顔が赤いみたいだけど」
「え? ああ、そ、そうね! 久しぶりに学校へ行って――じゃなくて、ええと、とにかく少し調子を崩してしまったのかもしれないわ。今日は早めに就寝することにするわ」
「ああ、そうか……それとも、今度は俺が膝枕してやろうか?」
「えっ!? そんな、悪いわよ。本来は私があなたをもてなすべきなのに」
「気にするなよ。俺も色々やってもらってばかりじゃ申し訳ないような気持ちになるし」
「そ、そうなの……?」
匂宮は俺と俺の膝の辺りを見比べた。
そして思いきったように、いきなりこちらへ倒れこんできた。
その華奢な身体を俺は太ももで受け止める。
匂宮の金髪が俺の膝を覆うように広がった。
「屋敷まではまだ時間があるんだろ? 少し寝ててもいいんじゃないか」
「………………」
返事はなかった。
が、代わりに匂宮の心音が太ももを通じて伝わって来た。
め――めちゃくちゃ早い!
大丈夫か、と俺が声をかける前に匂宮が身体を起こす。
「と――とても落ち着けないわ」
「あ、ああ、そうか。やっぱあれか、弾力とかが足りなかったか、俺の膝」
「そ、そうじゃないわ。……ドキドキしてそれどころじゃないって言っているのよ」
匂宮は半泣きみたいな表情でそう言った後、俺の肩にもたれかかって来た。
「……?」
「こ、このくらいの方が落ち着くわ。あまり動かないでね、又野くん」
「お……おう」
言われた通りに動かないでいると、しばらくして隣で小さな寝息が聞こえ始めた。
見ると、匂宮は長い睫毛を閉じたまま、可愛らしく眠っていた。
透き通るような白い肌と、ピンク色の唇。
財閥の代表と言っても、寝顔はまだ子供だ。
俺は彼女の頬のあたりにかかっていた金髪を払ってやり、再び窓の外へ視線を向けた。
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