かつて姫だったもの その①
※
「申し訳ありません、理事長はただいま外出中でして……」
理事長室で俺たちを出迎えてくれたのは、ゴシックなメイド服を着たメイドさんだった。
麻里さんが着ているメイド服とは違い、全身が黒を基調としたデザインで、装飾が華美なのが特徴だ。どちらかというとコスプレとかああいうものに近い衣装かもしれない。
「あら、そう。面会のアポイントメントは取っていたはずだけど」
「申し訳ございません。急用とのことで」
「そう。だったら仕方ないわね。実は、彼の編入の手続きをと思っていたのよ」
匂宮が言うと、
「編入の件でしたら理事長からお聞きしております。明日からでも登校できるよう既に手続きは済ませてあるから安心して欲しいと。それから、こちらをお渡しするように言われております」
メイドさんは事務的な口調で答えながら、理事長という札が立てられた机の上から大きめの小包を持ち上げた。
書類やメモが散乱した、雑然とした机だ。病的なまでに整頓された秋川理事長の机とは違う―――いやまあ、比較までに秋川のことを思いだしただけで、別に何か特別な感情があるわけじゃない。
っていうか退学させられたのは昨日だよな。それでもう明日からはこの学校に通えるなんて、展開早すぎない?
俺はメイドさんから小包を受けとった。
封筒に封はされておらず、中に冊子や書類が詰め込まれているのが見えた。
「制服は郵送で匂宮様の別荘へ送らせていただきました。本日中に届くはずです」
「ええ、ありがとう。できれば理事長にご挨拶をと思っていたけれど、外出中なら仕方ないわね」
「申し訳ありません。後ほどご連絡差し上げるように伝えます」
「いいえ、その必要はないわ。手続き自体は理事長の方で済ませていただいているのでしょう?」
「はい」
「だったら問題ないわ。理事長にお礼を伝えていただけるかしら。また後日伺うことにするわ」
「承知いたしました」
匂宮は頷き、俺の方を振り返った。
「帰りましょう、又野くん」
「え、良いのか?」
「これ以上ここにいる意味がないもの。では、私たちはこれで失礼するわね」
こちらに一礼するメイドさんを残し、俺と匂宮は理事長室を後にした。
休み時間なのか、廊下では生徒たちが行き来していた。
「理事長ってどんな人なんだ?」
「少なくとも、秋川理事長のような人ではないわ」
「……あんな人間がそう何人もいてたまるか」
「それもそうね。まだ20代の女性よ」
「女性? そうなのか」
勝手に男性だと思ってた。
「彼女は優秀な人材だわ。年齢や性別なんて関係ないのよ」
「ちなみになんだけど、大鳥家っていうのもお金持ちの家なんだろ?」
「ええ。戦前の財閥の流れを汲む名家……だった」
「だった?」
「事業に失敗して匂宮家に吸収されたのよ。本家は独立していたのだけれど、徐々に没落してしまってね。匂宮家が救済措置として、大鳥家に学園の経営権を委譲しているのよ」
「そうなのか……」
よく分からないが、金持ちは金持ちで色々大変ってことだな。
納得納得。