黒塗りの高級車で学校へ その②
「グループの経営を黙って見ているだけってことか?」
「そう。それが私の存在理由。匂宮グループの頂点という肩書はあっても、私の手の中には何もないの――まあ、あなたを助けてあげられるくらいの資産は持っているのだけれど」
「それが嫌になって家出したのか?」
「そんなところよ。大した理由ではなかったでしょう?」
「でも、秋川理事長をクビにしたのは? グループの経営に口出ししたことにならないか?」
「元々彼は近いうちに更迭される予定だったのよ。私は匂宮グループが立てたその予定を少し早めただけ。私が彼を怪しんで、独自に調査をしていたわけではないわ」
「なるほどな」
「そういう虚しさから逃れたかったというのが6割ってところね」
「あとの4割は?」
「朝食に大嫌いなトマトが出続けたこと」
キュキュキュキュ!!
再び高級車が急ブレーキをかける。
「お嬢様、冗談はおやめください!」
「麻里、後ろからトラックが突っ込んで来てるわよ」
「こいつぁいけませんね! しっかり掴まっていてください!」
アクセルを吹かし、急加速する黒塗りの高級車。
後方からけたたましいクラクションの音が聞こえた。
「大丈夫なのか、この運転!?」
「心配しないで。この車は対戦車ライフルの直撃にも耐える設計だから」
いや強度の問題じゃなくて、と内心ツッコミを入れておく。
これ、見ようによっては煽り運転だよな。麻里さんが免許取消にならないことを祈ろう。
っていうかこの人、今後トマトの話題が出るたびに急ブレーキをかけるつもりだろうか。それだと免許が何枚あっても足りないよな。
あと急ブレーキ急発進を繰り返されると、俺の繊細な三半規管が深刻なダメージを負ってしまう。
もし俺が車を運転するようになったらエコドライブを心がけよう。地球環境のためにもそっちの方が絶対良い。
「ところで、匂宮グループ傘下の学校ってどんな学校なんだ?」
「そうね。自慢のつもりはないけれど、国内有数の名家の関係者が集まる有名校よ」
やっぱりそんな感じか……。
前の学校では大人しく目立たない存在、言い換えれば陰キャとして生活してきた俺だけど、そんな格式の高いクラスでやっていけるだろうか。
学校が変わったところで俺自身が何か変わるわけじゃないし。
「友達とか、できるかな……」
思わず呟いた俺を、匂宮が見上げる。
「心配いらないわ。あなたの編入先は私と同じクラスよ」